林檎
高校生のとき、わたしは普通科の中の「芸術コース」に所属していました。
「芸術コース」は、いまは「芸術科」となっているのですが、
わたしが通っていたころは実験的な時期にあったので、普通科の中の一部でした。
美大や音大を目指す生徒のための、芸術の授業に比重を置くクラスです。
わたしはその中の「美術コース」を専攻していたのですが、
授業の半分くらいを「美術」の時間が占めていたように記憶しています。
当時のクラスメイトたちは、画家や彫刻家、デザイナー、美術品のバイヤー、美術教師、
学芸員など、その道を進んでいる人ばかりです。
美術コースでは、活動の成果を発表する展示が、毎年一度ありました。
デッサン、彫塑、デザイン、油彩、水彩など、ひとりで何点も出品するのです。
日ごろ、静物画ではモチーフの果物を食べてしまったり、
石膏デッサンでは石膏像たちの容姿についての議論に花をさかせたり…
そんなふうに、さぼってばかりだったわたしも、展示期間を目前に焦りはじめていました。
その日のわたしは、粘土と格闘していました。
リンゴをモチーフに、その形をできるだけ正確に粘土で創る彫塑の課題。
それは、かんたんのようで、デッサン力と手先の器用さが問われる難しい課題でした。
放課後の美術室で、一向にリンゴらしくなって行かない粘土の塊を手に、
ふと、わたしは、ある裏技を思いついたのです。
そして、モチーフの本物のリンゴを手にし、そのリンゴにぺたぺたと粘土を貼りつけました。
さらにどんどん貼りつけて行き、ついに、粘土で完全にリンゴを覆ってしまいました。
そう、それは、どこから見ても「粘土で創られたリンゴ」。
何日間もかかるはずの課題が、わずか30分ほどで、できあがってしまったのです。
しかも、完璧なフォルムです!
そのあっけない完成に、笑いがとまりませんでした。
こんなことを思いつく自分は天才かも!と、感動すらおぼえていたのですから、
自分でも恐ろしいです。
しかし、
その作品は展示をしてもらえないという結末を迎えました。
搬入のときに、会場でわたしの作品(粘土で覆われたリンゴ)を手にし、
その重さを確かめながら、とても悲しそうにしていた先生の目が忘れられません。
わたしの作品は、全部を粘土で創ったクラスメイトたちの作品と比べて、
中身がリンゴの分だけ、明らかに軽かったのです。
結局、先生によって展示台から外され、その作品が日の目をみることはありませんでした。
この頃から、わたしの人生は、
要領よくやろうとする → すぐにぼろが出る → 結局しっぺ返しをくらう
の繰りかえしです。
こんなことばかりしていたわたしは、美術系の学校に進学しながらも、
やはり、美術の道をあきらめることになったのでした。
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