救急車
マンションの前で、救急車が停まった。
時刻は深夜零時を少し過ぎたところ。
マンションの前には、女が立っている。
左手から血を流し、右手で押さえている。
すっかり秋だというのに、真夏のような薄着。
ゴム草履を履いている。
そうか、部屋着のまま飛び出してきたのだろう。
「自殺?」
「どうかな。DVかもな」
救急隊員の間では、そんな会話が交わされていたかもしれない。
私は山田一郎。救急隊員である。
通報をうけ、到着まで9分37秒。
マンションの前には、血を流している女が立っていた。
最近は些細なケガや病気での出動が増え、問題となっている。
消防庁は緊急度の低いケースの出動について、有料化の検討を始めた。
今回もそういったケースの予感がしたが、
けっこうなケガのようだ。
血がかなり流れている。
その姿を見て、自殺未遂かもしれない、と同僚は言う。
しかし、自殺するつもりだった人間は、
こんなふうに救急車を待っていないものだ。
だが、左手から血が流れているのはやはり気になる…
女を救急車に乗せ、応急処置をすると、
指のケガだった。
結局、自殺未遂ではなかった。
だいたい、SMAPのTシャツ着て自殺はないだろう。
住所と名前、生年月日などを訊く。
脈と血圧を測りながら、さらに本人への質問を続けた。
「どうしました?」
女「指を切りました」
「何で?」
女「包丁です」
「どうしてですか?」
女「サカナをさばいていて…」
「え、料理してたの?」
女「はい」
「こんな時間に?」
女「はい。今日買ったので、新鮮なうちにと思って…」
「…」
女「あ、痛い、痛いです!」
「大丈夫ですよ」
女「ほんとうに大丈夫ですか?」
「しばらくは痛いですけどね」
女「こんなに切れちゃったのに、治りますか?!」
「もうじき病院ですから」
女「治らなかったら、どうなるんでしょう?!」
「もうすぐですから」
女「すみません、わたしサカナ臭いですよね」
「…」
女「ほんとうに、スミマセン」
サカナをさばいてた?
自殺未遂かと思ってちょっとでも心配したことを後悔し、
山田は憤りをおぼえた。
しかし、年がいもなくSMAPのTシャツを着て、
サカナのニオイを漂わせている女を見ているうちに、
山田の憤りは、女への哀れみへと変化していった。
三井明子です。
今年の秋、指を切ってしまいました。
あまりにも痛い話なので、詳しく書けません…
生まれてはじめて救急車に乗りました。
切ったのが、左手だったことと、深夜だったことからでしょうか、
救急車でも病院でも、自殺未遂と間違えられました。
そんな周囲の反応を笑ってかわすことも、激痛のために忘れていました。
圧倒的な痛みに耐えながら、ときどき冷静になると、
服装のことや、サカナのニオイのことを、
とても申し訳なく、恥ずかしく思いました。
病院でも、最後は謝ってばかりでした。
手を切ってしまった不注意も深く反省しました。
あれから2ヶ月ほど経過して、
傷はほとんど治りました。傷跡もわからないくらい薄くなりました。
そして、たった2ヶ月で、
あれほど申し訳なく感じ、恥ずかしく思い、反省したことが、すべて薄れてしまいました。
(失敗や反省を、次にいかせない典型。)
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