リレーコラムについて

酒と

土井隆史

一度だけ酒をあきらめそうになったことがある。
20世紀の最終週、2000年12月30日。
私は近所の国立病院のベッドの上で、救命救急医から
間違いなく急性膵臓炎であると断言された。即入院。
うひゃあー、酒もてんぷらも、おさらばやんか。
まず考えたのは酒と肴のことだった。
膵臓炎という病気が一生モノなのは、よく知っていた。
しかし、運よく、思いっきりの誤診。
その病院にとって20世紀最後の手術中、
「あー土井さん、よかったね、盲腸でしたよ」
切り取った赤黒い肉片をぶらぶら振りながら
執刀医はうれしそうに言った。
しかし虫垂炎なら10cmも腹を切る必要があったのか、
そもそも「よくわからないから、とりあえず手術しましょう」
とは何事だ。大晦日であった。数時間で新世紀だった。
酒が飲みたい、と痛烈に思った。

近頃はひとりで飲むことが多い。
考えることが仕事になってから、
考えない時間を大切に思うようになったからかもしれない。
古い居酒屋がいいですね。古ければ古いほどいい。これは経験則。
長く続いているということは、商いも客層もマットウなのですね。
理想は開店と同時に。常連さんも多いので席選びだけは注意します。
ひとり飲みの基本は、たのみすぎないこと。
残すのは、みっともない。ましてや周りは年金で
コツコツ毎日飲みに来ている、その道のプロ。
酒や肴についてカンペキに自分の量を把握しています。
隣のおじいちゃんはセリのゴマ和えとマグロブツで
ゆっくり熱燗を飲んでいる。30分ほどで770円払ってさっと帰る。
その向かいでは、茗荷と胡瓜の酢の物と煮込みとビールで920円。
私にはこれができない。自意識過剰なのか、
せっかく来たのにの貧乏症なのか。
1000円以下ができない。30分で帰れない。まだまだです。小僧です。
そんなわけで私は今日も隙あらば、
十条の斎藤酒場に向かいます。

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