シベリアのハスキー
きのうはヘビーになってしまいましたね。ごめんなさい。
広告では決して使えないだろう経験をどこかで書いてみたかったのです。
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今日はハバロフスクというシベリアの地方都市での出来事を書いてみます。
ぼくは写真が撮るのが大の趣味。その日はハバロフスク郊外の田園風景を撮りにいこうとバスに乗った。どんなバスに乗ってもしばらくすれば郊外に出るだろうと思い、適当なバスを捕まえる。目当ての風景があれば降りて、写真を撮りながら歩いて町まで帰ってくるというプラン。バスに乗ること数十分、お目当ての景色があり、バスを降りた。シベリアの美しい田園風景。見渡す限りの大草原、緑の地平線の中にぽつんと壊れかけの木造の家がある。ああ、フォトジェニック。写真を撮り歩く。
草原の中を気持ちよく歩くこと数十分、突如鉄条網に囲まれた施設を発見した。発電所か何かか、なんだかかっこいいなと思ってカメラを向けてみる。しかし、ファインダーを覗くと今ひとつ。フィルムも少ないので撮らずに再び歩き出した。その鉄条網を左手にみながらしばらく歩くと交差点があった。左折すると、軍人が20人ぐらいで談笑してる!そうか、ここは基地だったのか、やばいな。そう思った瞬間、アーミージープがこっちに近づいてきた。やばい、やばいぞ、やっぱりぼくのところにくるの?そうよね、ぼくよね、観光地でもなんでもないところに、東洋人がひとりでカメラ持って歩いている。しかも、ここは中国国境の近く。そりゃ、怪しいよ、怪しすぎるよ。やっぱりやばいよ。ジープはぼくのところで止まった。
もう、絶望的に言い訳できません。車の中からヒョードルとボブチャンチンとザンギエフのようなロシアンマッチョが3人登場。首根っこをつかまれて、後部座席に放り込まれた。「パスポルト!パスポルト!」と怒号をあげるザンギエフ。簡単に盗まれないようにとパスポートは腹巻き状のポシェットに入れていたので、お腹に手をつっこんで取り出そうとすると、右手をバチンとはたかれる。どうやら銃を出すと勘違いした模様。「俺を一流の刺客として扱ってくれてうれしいぜ」と今だから思うけど、当時はもうシャレになっていません。おなかを指差しながら「パスポート、パスポート」と大声を出してようやくこちらの意図を理解してくれた。パスポートをザンギエフに見せるが、パスポートだけでは潔白の証明にはならない。結局、基地に連行されることになった。
基地に入るとシベリアンハスキーだらけ。グルルルルルと今にも飛び掛らんとしている。これこそ本場シベリアのシベリアンハスキー。代々木公園のシベリアンハスキーのようなお洒落さはない。マッチョに守られながらシベリアンハスキーがうごめく庭を横切り、基地の建物内部へと誘導される。行き着く先は司令官室。ドルフ・ラングレンのような冷徹な司令官が。ぼくを凝視し「フィルム!フィルム!」と声を荒らげる。怪しいものを撮っていないか確認するのだろう。抵抗することなくフィルムを差し出した。カタコトの英語で簡単な質疑応答を受けた後、地下の取調室へと連れて行かれた。通訳がくるまでそこで待機せよとのこと。その間、ありとあらゆる最悪の事態を想像した、シベリア抑留で強制労働、洗脳されて共産党員、このままスパイとして教育されるのではないか、。殺されてアムール川に沈められる・・・脳の四方八方から不安が吹き出してくる。そんな不安を追い出すために、別のことを考えようとした。ドラクエの呪文を全部思い出してみようとした。ホイミ・ベホイミ・ルカナン・・・鍵をあける呪文だけ思い出せなかった。
3時間ほど経ったところで、日本語の通訳がやってきた。名前、年齢、職業、親の名前、旅のルート、目的、そして、なぜここにいたのか、ということを尋ねる。日本語なので、円滑にコミュニケーションがとれ、向こうもただの観光客だとがわかってくれた。そんなときに現像されたフィルムが取調室に届く。田園風景ばかりで怪しいものは何も映っていなかった。潔白証明。さっき、鉄条網を撮らなくて本当によかった。これで。無罪釈放!と思ったら、待てと呼び止められる。もう一度取り調べがあると。今終わったじゃないかと言うと、今のは軍の取調べで、次に警察の取調べがあると。そうして第2回取調べが始まった。取調べの内容ももう一度最初から。ちゃんと情報共有しとけよ! と。しかも、ぼくにはもう時間がない。あと1時間後にウラジオストク行きの列車に乗らなければならない。これに乗らないと100ドルぐらい損をする。さっき取調べしたからもういいでしょ、おれは帰ると言った。そうすると、通訳が悪い顔をしてこう言ったのです。
「ようしわかった。取調べを終えてやろう。そのかわり、ロシア入国を永久に禁止するぞ。
もし200ドルを払えば別だがな」。
賄賂をよこせってことか。この野郎。モスクワ、サンクトペテルブルグには行ってみたいし、世界一の透明度のバイカル湖もみたいけど、もういいや、ロシアに来なくったって。お金がもったいないもんね。そう思い、ロシア入国禁止でお願いしますと告げると、相手は拍子抜け。
「えっ、ほんとにロシアにもう来られなくていいの?ぼくたちの国、200ドルより魅力ないわけ、えー!!もうちょっと考え直せって、日本人」といった感じでぼくの意外な答えに狼狽。しかし、ぼくの気持ちは変わらず”ロシア永久入国禁止の書”にサインをして無事釈放されたのだった。「日本に帰ったらおれと東京にいるセルゲイに電話しろ」通訳はそう残して去っていきました。
帰国後、セルゲイに電話しなかったのは言うまでもありません。
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