リレーコラムについて

18.5歳の選択

大野政仁

晴れた日だった。
ぼくは、母に頼んで買ってもらったスーツを着て、
「おらおら、社会人様のお通りだ。頭が高いひかえおろう〜」
てな感じで、意気揚々とした顔で事務機器メーカーの会社に出社した。

なぜか、幼い頃からスーツに憧れをもっていた。
周りに、スーツを着て働く大人がいなかったせいかもしれない。
スーツを着て擦れ違う大人を見るたびに、
「かっちょえー。なんかバリバリ仕事してる感じ。
ったく、オレの周りの大人ったら、
つなぎやら、作業着やら、なんか汗、汗、汗って感じで、いや〜ん」
と、わけのわからないことを思ってた。
今のぼくが聞いたら、まず、このガキを無言で殴るだろう。
親を呼んで、「キー、なんたらかんたら…キー、キー」
と、説教をはじめるだろう。

それほど、バカなガキだった。

会社に着き、入社式というほどでもないが、軽い自己紹介があり、
じゃ仕事ね。
と、社員のみなさんが解散した瞬間、上司の人が、
「あー、明日からスーツじゃなくて普段着でね。しかも汚れても平気なヤツ」
と、うちのユニホームは、そうだから。よ、ろ、し、く。
てな当たり前な感じで言った。
「んんん?普段着?そ、そうか、デザインや設計やるのにスーツはないべな。
新しくない。やっぱ、芸術家は普段着だよな〜。そうだそうだ」
てな感じで軽く考えていると、
続いて、
「あー、大野君。パートナーはこの人だから」
「パートナー???つまり上司ってことだよな、ん〜。この人がデザイナーやってんのか。へーへー…」と思いながら、その人を見た。
すると、そこに立っているのは、

作業着を着た、無愛想なおっちゃん。

どう考えても、デザイナーのデの字も思い浮かばない人だった。

「ん…、でもわからんぞ。これは世を忍ぶ仮の姿で、実際に仕事になったら、ヘンシーン、トォー、と仮面ライダーのように変わるのでは」
と、ちょいパニックぎみにわけのわからないことを考えていると、
そのおっちゃんは、一台のトラックを指さし、
「ほら、あれに乗っていくぞ」みたいなことを言い出した。
「なぜ、トラックに…。
トラック+デザイン?んー?トラック×デザイン?んー?」
もう、+しても×ても、-しても、全然解けません。
この問題。降参です、ぼく。
の状態で言われるがまま、トラックに乗り込んだ。

出発して、しばらく沈黙が続くと、おっちゃんが話しかけてきた。
「おい、なんの仕事するって、言われて入社した?」
困惑気味にぼくが
「デ、デザインとか、設計とか…」
するとおっちゃんは、ちぇっと舌打ちし、
「そんな部署ねぇーよ」

はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ????????????????????

「部署がないって、どぉひゅうころれしゅか〜?」
自分でも何を言っているか、わからない声を出して聞くと、
「まあ、今後出来るかもしれないけどな。ひぃひぃひぃ〜」
とおっちゃんが大笑いした。

その後のことは、あまり覚えていない。
母に給料出たら返すとの約束で買ってもらったスーツをくちゃくちゃにして、死ぬほど重い金庫を運んだり、事務机を運んだりした気がする。

騙された。騙された。騙された。騙された。騙された。騙された。
騙された。騙された。騙された。騙された。騙されたぁぁぁ〜。

という言葉で頭がいっぱいになり、
家に帰って、母や弟にどうだった?と聞かれても、
無言で寝てしまった。

その次の日、担当の上司に、
「あの〜、デザインとか、設計とかの部署なんてないと聞いたんですが〜」
と聞くと、上司はいたずらを見つかった子どものような顔をして、
「え? あー、あー、それはね。これからつくりたいと思ってね〜。
キミが、その第1号なんだよ〜はははぁ〜」
と、作り笑いをしながら答えた。
「じゃ、今はその仕事をしてる人はいないんですか?」
と聞くぼくに、
「今は、いないよ」
こいつなんで、こんなことを聞くんだという顔で言った。

バカで未熟なぼくだったけど、その道のプロが上司にいないのに、
未経験のぼくがいきなりデザインとか設計なんて出来るわけないのは、
よくわかる。つまり人集めの口実。嘘だったんだ。と、深く落ち込んだ。

しばらく、おっちゃんと仲の良いふりをしながら、
黙々と運送作業をしたが、毎日がつらくてたまらなかった。
家に帰れば、愚痴ばかり。辛抱の限界に達していた。
今なら、じゃ辞めればいいじゃん、と思うが、
当時は転職=落後者みたいな空気が流れていて、
親とかにも、どうしても言えなかった。

しかし、その日はすぐにやってきた。

おっちゃんが、ぼくの悪口を担当の上司に語ってたらしい。
トラックの運転が下手だとか、重いもの運ぶ時に腰がぐらつくとか。
そりゃ、免許取り立ての18そこそこの男に、いきなりトラックは無理だろ。
何百キロのものを運べば腰もぐらつくだろ。
と思ったが、そんなことを言う気力もなく、

「じゃ、やめます」

と一言、残して、そのまま会社を去った。

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NO
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