1杯目 ベーシルへイデンのオンザロック
こんばんは。お隣り、よろしいですか。
何を飲もうかな。マスター、久しぶりにベーシルへイデンをください、ロックで。
申し遅れました。牛島 彩と言います。お邪魔します。
博多で七年くらい、フリーランスのコピーライターをしています。
あ、よかったら乾杯におつき合いいただけます?(グラスの重なる、照れくさい音。)
これもご縁ですし、少しだけお時間、お借りしますね。
タバコ? ええ、全然構いません。ご自由に。
今日はどちらから? ふうん、遠いんですね。ご出張ですか。
その街は、一度お仕事で行ったことがあります。きれいなところですね。
わたしはここ、博多。いいところですよ。
父が転勤族だったもので、子供のころはあちこちに移り住みましたし、
学校も、いくつも変わりました。
だから幼馴染もいないし、「ご出身は?」と聞かれると、はたと困って
「一応、福岡です」なんて答えるのが常だったんです。
小学校五年生の途中から、もうずっと福岡在住なんですけれどね。
でも、今は堂々と福岡、博多だと言っています。
ふるさとって、建物や土地じゃなくて、人だってことに気づいたから。
「おかえり」と言ってくれる人がいるところが、ふるさと。そうでしょ?
高校からの親友が、故郷の福岡を離れて、働いていた宮崎で結婚したんですが、
その後で彼女のご両親、もともと地元だった千葉へ越しちゃったんですよ。
彼女は福岡に帰る家がなくなったわけです。でも、じゃあ
福岡が彼女のふるさとではなくなったのか、って言うと、ね?
わたしや仲間がいる限り、彼女のふるさとはここでしょ、絶対。
で、わたしは博多で生まれても育ってもいない(※脚注参照)けれど、
図々しく博多っ子を名乗っているんです。そう言えば、
「私に詳しい人がたくさんいると、そこは地元になる。」
っていうコピーがありました(2007同期の岩崎亜矢ちゃん、元気?)が、
この博多には、わたしに詳しい人、結構いますよ。
ねえ、マスターも、いやんなるくらいわたしを知り尽くしとうよね。
あ、しまった、墓穴。もうマスター、言わんとってよ。
うわー、やな笑い方。いいけん、次は何かモルトば出しちゃってん(※※)。
アードベックがよかね。うん、ストレートで。あとお水もね。
※県外の方に解説です。「博多」とは福岡県の中でも限定されたエリアを指す言葉で、わたしが小学五年生から独立直前26歳までを過ごした実家は、福岡県内ですが「博多」と呼ばれるエリアからは外れるのです。現在は、わたしは広義での「博多」エリア内で一人暮らし。「博多」とは、歴史に翻弄されさまざまに定義されてきた、曖昧な地名なのです。
※※普通、バーで「モルトば出しちゃってん」なんて言う博多っ子はいません。大袈裟に書きました。
牛島 彩 torys@myad.jp
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