思い出コスモス (その一) 「東大寺戒壇院」
唐の国から布教のために来日した鑑真は、
唐招提寺を建立した。(759年)
この寺院は、僧になろうとするひとたちが
僧として守るべき教えや行動を実践する道場として
建立された。鑑真は、この実践道場である唐招提寺を建立
する前に、その教えや行動の約束(戒律)を志願者たちに
さずける建物を、東大寺大仏殿の近くに創設している。
東大寺戒壇院である。
東大寺戒壇院は、記念館となった現代でも
厳しい雰囲気を失っていない。修学旅行の季節にも、
ここをおとずれる中学生、高校生は少ない。
数年前の10月だったと思う。
私は、気まぐれに戒壇院をおとずれた。
建物の内部はうす暗く、
かたすみの、受付にあたるような場所に
ひとりのお坊さんがいて、親切にいってくれた。
「ともしび、お貸ししまひょか」
みると、机上に、いくつかの懐中電燈が置いてある。
私は、その親切にお礼をいいつつ、お断りした。
うす暗い中に、ほのかに見える戒壇の板の間の、
ひんやりした空間のひろがりを、味わいたかったので。
しばらくして、戒壇の間を出た。扉をあけると、
眼前の坪庭に白く砂が敷きつめられていた。
その明るさが、眼にしみた。そのとき、白砂の一部が、
ゆらゆらとゆれたと思った。そして
そのゆれ動いた白い影は、白砂の中にひともとだけ
咲いている、白いコスモスの花であることが、わかった。
白い砂と白い花、時を経て古色を帯びた渡り廊下の
連子窓、瓦屋根の黒い波、そして秋の青い空。
いくつかに枝分かれをして、かすかな風にゆれながら
乱れ咲くコスモス。時が止まってしまった。
戒壇の間で、導師となる僧が、戒律を受ける若い僧に
低い声で問いかける。
「汝、この戒を保てるや、否や」「よく、保つ」
若い声が、天井にひびくように応える。
すると、坪庭のコスモスが、ハラハラと散り、
花びらが空に舞う。
いやいや、それは幻想に過ぎない。
遠い奈良朝の昔、
この国にはまだ、コスモスの花は、なかった。
この花は明治時代に日本に渡来した。
けれど、この花は日本の風土の匂いがする。
原産地のメキシコの高原地帯の風の匂いは
もしかすると、日本と似ているのだろうか。
だから誰かが、この花を、秋桜と呼んだのだろう。
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