リレーコラムについて

田中 -第3話-

永野弥生

「出入り禁止」というお仕置きが、
新興住宅街の一戸建てに、
ひとりで暮らす田中には
よほどこたえたのだろう。

しばらくして、何事もなかったように
やってきた田中は、罪滅ぼしのつもりか
うちの店で大量の買い物をするようになった。

始めはそうめんだ。毎日食べるので、
大量に取り寄せられないか?と言ってきた。
大きなスーパーで買えば、安上がりだろうに、
わざわざ酒屋であるうちに頼みに来たのだ。

そうめんに飽きたらうどん、
うどんに飽きら、なぜかポカリスエットを
まとめ買いして帰った。

まさか、スポーツドリンクを主食に
しているのでは?という冗談のような予感は的中し、
「ポカリスエットだけ飲んで暮らしていたら
長生きできると思ったが、近ごろ目眩がする」
と、急激に痩せた体で這うようにやって来て、
今度は、冷麦をまとめ買いして帰った。

ひとつのことに凝り出すと
歯止めがきかなくなる性格だった。
そして、すぐ飽きる。
もはや私へのプロポーズなど
すっかりなかったことになっていた。

その頃には、父も痩せ行く田中の
体調を案じるほどに、彼を許していた。
というより、怒っていたこと自体忘れているようだった。
田中は、また店に入り浸るようになった。

同じ頃、父は烏骨鶏にはまっていた。
あの、卵が1個数百円もする鶏だ。
毎日のように、うちの店の丸イスに陣取っていた田中も
いつの間にか烏骨鶏の魅力に取りつかれていた。

そうなると、じっとしていられないのが田中だ。
こうと決めたら即決行だ。

父が手塩にかけて育てている烏骨鶏の「ハリー」を
譲ってくれないかとじつに無邪気に言って来た。
1羽1羽に名前をつけるほど烏骨鶏を
可愛がっていた父への配慮など持ち合わせていなかった。

その瞬間、父は、あの特攻プロポーズを
思い出していたかもしれない。
だが、今回くれと言っているのは、
幸い娘ではなく烏骨鶏だ。

がまん強く「簡単に言うな」とたしなめ、
代わりにひよこの雄と雌をつがいで譲った。

ひよこは、あっという間に育つ。
すぐに歌い出す。環境によっては、
朝夕かまわずコケコッコーだ。

烏骨鶏を室内で飼うという
荒業に挑んだ田中は、
昼夜を問わずのコケコッ攻撃に合い、
連日の睡眠不足に悩まされた。

思いあまった田中は、こともあろうに、
2羽の烏骨鶏を自らさばいて
食べてしまった。

つづく

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