本を出します。 2
岩崎俊一
某広告代理店ディレクターの名言がある。
「しめきりって、あなた、しめきりを呼び捨てにしてはいけません。いったい誰の
お陰で広告がつくれてると思ってんですか。しめきりがあるお陰でしょ。なけり
ゃ、あなたも私も何も動きやしない。いいですか。呼び捨てはいけません。『しめ
きり様』といいましょう」
いやはや、その通りである。
本を書くことになってわかったのは、自分の周辺にその「しめきり様」が見あたら
ないことだ。いつもは、すぐそばにいて、にらみを利かせているその姿が見えない。
これは落ち着きません。
だって、もう40年近く一緒にいるんですよ。おっかない顔をして、「ちゃんとや
っておるか」「そろそろ尻に火がつくよ」と、おどしたり、すかしたり、ケツをひ
っぱたいたり、ほんのまれによくやったとほめてくれたり。そのお方がいたから、
まがりなりにも仕事を続けてこられたと、これは断言できる。
はるか遠くに、豆つぶほどの大きさで、その御姿を認めるのだが、こうも遠いと
にらみが利かない。ちっともおっかなくないのだ。
というわけで、書き始めるまでに、たっぷり2カ月かかった。その間、大胆な怠け
者のワリには気の小さな僕は、ええちゃんと書いてますよ、やっとペースがつかめ
て来ました、と関係者にウソを重ねつつ、気持は極太針のむしろの上だった。
思うに、広告の仕事は、まちがいなく短距離ランナー型であり、執筆活動は長距離
型である。誰が考えてもわかりそうなそんなことに、そして自分は幼少のころより
長距離走が苦手であったことに、いまさらながらに気づくのである。
さて、それではエッセイにどんなことを書いたか。その中身がコピーとどう関係し
ているかについては、またあした。
(つづく)
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