猫の話
扶養家族は、猫が一匹。
去年の10月、家の前にある「寝子」という
居酒屋の軒下に置かれていた段ボールの中で
ピーピーちっこいのが鳴いているのに気付き、
ふと立ち止まって見ていたら、店から女将が出てきて、
「捨て猫なんやけど、里親を探しているんよ」、と困り顔でいう。
丁度その日、僕は30歳の誕生日を、
転勤して半年たった大阪で向かえていた。
30歳ってのは、学生時代の友人なら大半は家庭をもち、
自分以外の誰かのためにも生きているはずの年齢だ。
その昔、
あっという間に終わるんだろうなと覚悟していた20代が
予想通りあっけなく終わりを告げ、
それでも来し方行く末についてそれなりの感傷にひたっていた自分の心に、
まるでUFOキャッチャーのぬいぐるみのようにやわらかくて小さい
生後一ヶ月の生き物の、フニー!フニー!という切なげな鳴き声が
妙に突き刺さって、ホントーに一方的に、
運命的なものを感じてしまった。
だから10分ほど逡巡し、らしくないのは重々承知で、
結局家に連れて帰ることにした。
これが東京で向かえた29の誕生日だったら、
間違いなく飼おうとは思わなかったはずだ。
だいたい、ミニチュアダックスだのチワワだの、
犬を飼ってる方がモテると思っていたから。
そんなわけで、先ほど帰宅して玄関を開けると、
うちに居座って11ヶ月になるそのトラが、
ご主人様の帰りに喜んで額をデニムの裾にこすりつけてきた。
という風に他人には見えるはずだが、
きっとこいつは、あまりに帰ってこない僕を
たまにやってくるオニーチャンぐらいにしか思ってないので、
おー来たか来たかよーし入れ、遊んでやるぞ、
という感じでまとわりついてきているんだと思う。
家にいても5?6時間、大阪⇔東京の出張が多い月は、
週3、4日、ハンズで買った自動給水器と給餌器にまかせて
家にほったらかしにすることもあるから仕方ない。
もちろん、かわいそうだと思う気持ちはかなりある。
そんなわけだから家のことは、もはや僕よりトラの方がくわしいし、
実際、無くしたと思っていたイヤフォンの耳当てが、
たまにあいつのトイレの中にあったりするから
たまったもんじゃない。
この家は、僕の家ではなく、トラの家になってしまった。
会社じゃ落ち着かないから、
コピーや企画を自宅のマックで書くこともあるのだが、
そんなとき、こいつは決まってチョッカイを出してくる。
まるでアタイのおもちゃでなにしてんのさ、と言わんばかりだ。
それで、さきほどまで書いていたリレーコラムも、
ちょっと目を離したすきにキーボードの上で
猫パンチを連打してくれたおかげで
グチャグチャになってしまった。
「戦後初の、本格的政権交代・・・」
という書き出しから始まる僕の社会派初コラムは、
猫に駄目だしを受け幻に終わり、
仕方がないので、代わりにこのトラさんの話で埋めることにしたわけです。
ちなみに、選挙開け31日の東京キオスクの店頭には、
各紙「歴史が変わった」「「鳩山内閣の顔ぶれ」「自民歴史的惨敗」などの
見出しが踊る中、東スポだけは「酒井実母生きている」でした。
相変わらずぶっ飛んでますね。
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今年新人賞を頂いた、
博報堂の宇野と申します。
一度も会ったことも話したこともない星野さんから
ちょっとした縁でバトンを渡され、
さらにハチャメチャでおもしろい話を書いてくれそうなどと
ハードルをあげられてしまい正直かなりアレですが、
頑張って完走だけはしたいと思いますので、
どうぞよろしくお願いします。
あ、もう水曜日。