リレーコラムについて

『モノを買うタイミング』

古川雅之

三年ちょっと前、妻の出産に立ち会った。

実は僕は、まわりの誰も知らないと思うが愛妻家である。
恥ずかしいので妻にさえまったく気づかれないようにしているくらいだ。

「陣痛が始まった」と妻から電話をもらった僕は
「よしすぐに帰るから」と二つ返事し、
仕事を早々に切り上げヨドバシカメラへ急いだ。
そこで新しいiPODと前から欲しかった少し高価なスピーカーを買った。
今日がチャンスだと思ったのだ。

ヨドバシのポイントが溜まったのをしっかり確認し、
他のフロアもいろいろ見て回ってから
急いで家に帰ると、妻は布団に突っ伏していた。
「大丈夫か!」
「うん大丈夫」
産婦人科から電話の指示で1時間後に病院へ来いということらしい。
僕は待ちきれなくなって、

スピーカーの梱包をといた。
「…なにそれ」
「ん? スピーカー」
「………」
それ以上何も言わないところを見ると
妻はとても喜んでいるようにも見えた。 

余談だが、出産後、妻が赤ん坊と一ヶ月実家に戻っている間には
奇天烈な巨大イスと、前から欲しかったイスを4つほど購入しておいた。
気がつくと部屋中イスだらけになっていた。
自分でも驚いたが歯止めが効かないとはこういうことなのだろう。
帰って来た妻は少し驚いたようだったが
「…これ、なに?」
「ん? イス」
「………」
この時も言葉にならない喜びを噛みしめる妻を前に
照れくさかったのを覚えている。 

さて、分娩室に入り
「よし、どこからでも出てこい。パパが受け止めてやるから」
とキャッチャー城島ばりのポジショニングを取ると
助産婦さんから、ダンナさんはそこではなくて
奥さんの枕元で応援してくださいと言われた。

何かやる気をそがれたような気がしたが
仕方なしに、波打つ陣痛に脂汗を流す妻の枕元で
よく冷えたポカリスエットを
ごくごく喉を鳴らして飲みながら応援した。
病院から、水分を用意しておくように言われていたのだ。
なるほど喉が渇いてはいい応援ができない。

出産というのは立ち会って初めて知ったが、
生み出す母のチカラと、
生まれ出てきたいという子供自身のチカラとの
共同作業ということらしい。

そして母のいきみ方にコツがいるらしい。
なにせ初めてだから、うんうんチカラを振り絞るが
腕や肩、つまり上半身にチカラが入り過ぎ
どうもうまくいかない。

助産婦さんは女性だったのだが
とんでもないアドバイスをするのだ。
 
「両手の握り棒をしっかり持って、そう、お腹にチカラを入れて
 少し腰を浮かせて、そうそのまま遠くにオシッコを飛ばすように。
 遠くまで、上に向かってオシッコ、飛ばす感じ。
 そう遠くまでおならを届かせる感じで」

どんな感じだ? 

でも僕はわかってしまった。
ああ、ボートを漕ぐ感じのあのぐいっといく感覚ではないか。

「あ、いまオレ、コツわかったぞ、ちょっと替われ」

と妻に言うと
助産婦さんにこっぴどく叱られてしまった。
「こっちは痛みと戦いながら頑張ってるのに
 バカなこと言わないの!」

これからパパになる人にバカとはなんだ。
バカボンか! いやバカボンのパパなのか! 
僕は残りのポカリを一気に飲み干し気を沈めた。

そんなこんなの格闘の末、その瞬間は突然やってきた。
                      
「頭、頭きました!」
助産婦さんがそう叫ぶので、まだ怒っているのかと思ったら
するん そして手足をばたばたクネクネ
「生まれましたよ!」
と助産婦さんが叫ぶ

と同時に僕は

「タコや!」と叫んでいた。

いやホント、まっかっかでクネクネ元気に暴れる
タコ生んだんかと思ったんですよ。

この件に対する共感・賛同・賞賛などは
masayuki.furukawa@dentsu.co.jp
すかしっぺ夫婦の「かきなぐり漫画」。
妻と共作の四コマブログです。見るだけ時間の無駄!
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