オヤジA
吉岡虎太郎
5年前の夏、ぼくは大阪にやってきた。
中之島・新朝日ビルのオフィスに入って、まず驚いたのはオヤジの多さだった。東京にも窓際にひっそりと棲息するオヤジたちはいたが、大阪のオヤジたちは明らかに違っていた。ギラギラと獲物をねらう野生の目を持ち、ぼくをたじろがせる異様なオーラを放っていた。
その頃、ぼくの席と背中合わせに座っていたのがオヤジAだ。
オヤジAと初めて交わした言葉は今でも覚えている。
「お前、鳩食ったことあるか?」
オヤジAはゆっくりと思慮深い面持ちで話し始めた。「うちのマンションの近くに、神社があってな、鳩がベランダに糞しよんねん」長くなるので要約しよう。ベランダを汚され腹をたてたオヤジAは鳥もちを購入、自らの手で鳩を捕獲することに成功。自称イタリア留学経験を持ちコック修行もこなしたオヤジAは、懐かしのイタリアン鳩料理をつくることを試みる。まず鳩の首をひきちぎり、内臓を野菜と詰め替える。ことこと煮込んで一昼夜、日本古来の神に仕える平和のシンボルは憐れオヤジAの家の食卓に並んだという。
「で、うまいんですか?」おそるおそる聞いたぼくに、オヤジAは苦虫を噛み潰したような顔で応えた。「まずい」
オヤジAの鳩話はこんなところでは終わらない。鳩のまずさに飽き足らなさを覚えたオヤジAは、イタリアン鳩鍋の味を究めるべく、さらに何羽もの罪なき鳩虐殺を繰り返す。この時点で、当初の目的は完全に忘れ去られている。
そして、ある夜のことだ。
ベランダでいつものように鳩の首をたち落としていたオヤジAの耳に若い女性の軽やかな笑い声が聞こえてきた。オヤジAのマンションはベランダづたいに娘の部屋(当時、女子大生)とつながっており、そこに女友達数人がやって来て談笑していたのだ。オヤジAは若い娘たちの声に誘われ、ベランダをつたって娘の部屋の窓からひょっこりと顔を出した。「ぎゃー!」娘の友人たちは卒倒した。当然だろう、窓から血まみれのステテコおじさんが首のない鳩を片手ににこやかに微笑んでいたのだ。オヤジAは怒り狂った実娘によって、血まみれのステテコ姿のままマンションを追われ鍵を閉められた。結局その格好のまま朝まで閉め出されていたという。予想外にも、オヤジAの話の訴求ポイントはここだった。「一家の主を家から閉め出すとは何という家族だ。ひどいと思わんか、若者よ!」思うわけねーだろ、おい!
それからオヤジAはおりを見てぼくに話しかけるようになった。
「お前、サメ獲ったことあるか?」
要約しよう。オヤジAは少年時代四国に住んでいて、遊泳中に人食い鮫と遭遇。持っていたモリで一撃、見事に鮫を仕留め地元の新聞に載ったという。「鮫獲りAと呼ばれてたんや。今度切り抜き見したるわ」もちろんそんなものお目にかかる機会は訪れなかったが、オヤジAはお構いなしで続ける「巨大イカと戦ったことあるか」ねーよ、んなもん!
「死後の世界みたことあるか?」
若い頃自動車事故であっちの世界を垣間見て戻ってきたオヤジAは、その後CMの仕事で若き日の椎名誠と解后。オヤジAの霊界物語を聞かされた椎名誠は激しい感銘を受け、その話をそのまま小説化したという。知るかー!そんな小説!
「昨日外人のゲイにナンパされたんや」
何故か一人で海に赴いたオヤジAは砂浜で初老の白人と意気投合。一緒に遊泳を楽しんだ。しかも意味不明なのだが、オヤジAはポロシャツにスラックスのまま泳いだらしい。その後2人して防波堤で夕日を鑑賞していたら、その外人がおもむろに尻や股間をまさぐってきたので、命からがら逃げ出したという。「帰りの電車でな、俺びしゃびしゃやから、周りの客みんないなくなって、えらい快適やったで」そーいう問題か?
「生板ショー出たことあるか」
昔TCCの仲間たちを大阪に呼びつけ、接待と称して天満の東洋ショーというストリップに誘導。みずから率先してお手本をご披露したという…。もう、何が何だかわからない。
そして、ついにオヤジAと仕事をする日がやってきた。
最初の打ち合せの日、オヤジAはコピーを30本ほど書いてきた。全然ダメだと思ったので、無視した。次の打ち合せも、次の打ち合せも、オヤジAはコピーを書いてきた。プレゼン前日の深夜、みんなで全ての企画のコピーを決めた。オヤジAの書いたコピーは1本残らず抹殺された。オヤジAがぼくの耳元でささやいた。「今回は俺の負けや。次はわからんで」イヤな予感がした。
プレゼン当日。出発時間になっても、オヤジAが来ない。クライアントは岡山だ。もう遅刻するかという時間ギリギリに登場したオヤジAの顔は真っ赤で、吐く息はプ〜ンと酒くさかった。「なんか緊張してのう、1本だけ飲もうと思ったら、1本が2本、2本が3本、3本が…ああ、もう飲めん」かまってる暇も惜しかったので、すぐにタクシーで新大阪へ。大急ぎで新幹線に乗り込むと、またまたオヤジAがいない。キレそうになりながら、ホームを探すとキオスクでビールを買っている。しかも500mlを2本…。
その日のプレゼンのことは、もうほとんど忘れてしまった。ただ、オヤジAがプレゼン前に全メンバーを紹介したことは鮮明に覚えている。ぼくのことを「CMもコピーもこなすマルチな才能、新進気鋭のコピーライター。吉岡虎太郎でございます」と評し、つぎに同い齢のデザイナー・ヒラマツを「岡山で野球に捧げた青春時代。もう一度故郷に錦を飾るために帰ってまいりました。平松佳真でございます」ともち上げた。クライアントの社長は真顔だった。オヤジAのその日の仕事はほぼそれだけだった。プレゼンはうまくいき、社長は若い2人にすべてを任すことをその場で決めた。
その時の仕事が今のところ、ぼくとヒラマツの代表作だ。タレントのユアン・マクレガーはスターウォーズに出てヒーローになり、そのCMで復活したブランキージェットシティはカリスマになって今年解散した。
オヤジAはもういない。定年退職して、今はどこで何をしているのかも分からない。
オヤジAの退職パーティーは盛大だったと聞いた。大阪広告界の有名人が集まって、あたたかい拍手を送ったらしい。ぼくは仕事で行けなかったが、オヤジAはみんなに愛されていた。
その時書いたコピーは、「いいだろ、頭悪くて。」ってやつだ。
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