厳しい言葉はやさしい。
Kさんは厳しかった。
鍛えられたと思う。
(鍛えられたのに何でこんなもんなんだとも思う)
良いものが書けず、とりあえず数書いてごまかそうとすれば、
「たくさんあるだけでおもしろくない」と言われた。
商品自体に問題があるんじゃないですかねとグチを言えば、
「うだうだ言ってるとオレが書くぞ」と言われた。
クライアントの漢字を間違えていた時は、帰れと言われた。
メシをおごってもらうたびに、いいコピーで返せと言われたけれど、
返せた記憶がない。
Nさんは、社外の人にもかかわらず厳しかった。
最近どうしてます?と軽い気持ちでメールを出せば
その中にある日本語の間違いを修正して送り返してくる。
あるとき「あなたは追いつめられた時に弱い。その弱さが原稿に出る」と言われた。
もう何年も前のことなのに、しょっちゅう思い出す。
励まされたこともあった。
ある年の正月早々、その前の年にクライアントからボツをくらった原稿に関して
「あれがあなたの言葉だ。ボツになろうと関係ない。
自分の言葉を書いたことがなによりだ」と長いメールをくれた。
厳しい人の言葉だからウソじゃないと信じられた。
クライアントがどうしようもないから。
営業が気が利かないから。
こんな感じで出しとけば通りやすいから。
会社にいたくないから。
都会での暮らしに向いてないから。
ほっとくといろんな言い訳が次から次に出てきて
逃げ出そうとするどーしようもない自分ですが、
自分の中に住み着いた厳しい言葉たちが
その時ごとに騒ぎだし、
なんとか持ちこたえさせてくれている。
ような気がするけどほんとうのところはわからない。
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来週は中山佐知子さんに書いていただきます。
(知らない人に引き継ぐ計画断念!)
困ったことがあると、ついつい佐知子さんを頼ってしまいます。
一週間読んでいただいた方、ありがとうございました。
励ましメールをくれた上田浩和くん、愛してます。