リレーコラムについて

ベルギーで泣いた話(前編)

細田高広

2003年冬。
ベルギーはブリュッセル駅での出来ごと。

次の電車まで時間があったので、
ガラスで仕切られた待合室に腰を下ろしました。
自動販売機で珈琲を買って、
日本からもってきた小説をわざわざ広げて。
(大学生でしたから、「俺、旅してる」「俺、青春してる」
みたいな雰囲気を味わいたかったのです。)

すると、ひとりの男が入ってきました。
右手には杖。左手で目の前を探る動作。
あ、目が不自由な人なんだと、一目で分かりました。
男は小さな歩幅で自動販売機にたどり着くと、
おぼつかない手で小銭を取り出しました。
しかし次の瞬間、

「ジャララララ」

男の小銭は、そこら中に散らばってしまったのです。

可愛そう、ですよね?
みなさんならどうします?

人の気持ちを日々考えている、
心優しいコピーライターの皆さんなら助けるでしょう。

「大丈夫、拾ってあげるよ」みたいなことを言って
僕は小銭を拾い集めました。当然です。
足元。席の下。くまなく探します。

手のひら一杯に小銭を集めて振り返ると、
感謝に溢れた顔つきの男が・・・・・あれ、いない・・・。

小銭、もらっちゃっていいのかな。

なんて暢気に考えて、
ふと気付いてしまったのです。

旅行鞄が、ない。

「着替え」と「現金」と「パスポート」が入った、
旅行鞄が、ない。

学生証とおよそ20ユーロと小説だけで、
海外にひとり。

その後僕は、ブリュッセルの駅を
犯人を追いかけて猛ダッシュするのです。

陸上部に入っておけばよかった、
と思いながら。

(続く。)

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