ベルギーで泣いた話(後編)
結局、犯人には追いつけませんでした。
走り疲れてか、
ビビッていたからなのか、
立ち止まると、足が震え出しました。
とりあえず駅長室のようなところへ行って、
事情を説明します。
僕 「監視モニターに映っているはずだから見せてくれ」
駅員 「いや、俺たちは何も見ていない。気の毒だが、諦めるんだ。」
ただでさえ色んな事件が起きる駅。
極東のアジア人の鞄が盗まれた位では、
なかなか動いてくれません。
手元にあるのは、
国際学生証。20ユーロの現金。
ザッツオール。
これから空港へ行って、
イタリアへ移動するというのに、
何もできやしない。
絶望。孤独。
あまりに心細くて、すでに半分泣いていました。
にじんだ視界に、交番が映りました。
ちゃんと盗難にあったという
書類を手にしておかなければいけません。
肩を落としながら入ると、
ガッシリした女性警官が声をかけてきました。
全てを失った経緯を涙ながら話すと、
彼女は笑って言うのです。
「You are lucky! 私が担当で、ツイてたわね。」
女性警官は方々に電話をかけ始め、
書類を山ほど書いてくれました。
最後は書類を学生証にくくりつけ、
「これが君のパスポート」とニッコリ言います
結局僕は、パスポートも航空券も持たず
飛行機に乗ってイタリアへ渡りました。
イタリアでは友達が待っていて、
そんな災難をすべて忘れて遊ぶことができました。
すべて、彼女のお陰です。
交番から去る間際の会話を未だに鮮明に覚えています。
僕 「迷惑かけてすみません。」
女性警官 「迷惑かけられるのが、仕事だもの。いい旅を。」
盗んで、僕を不幸にしたのも人。
助けて、僕を幸福にしたのも人。
不運も幸運も、どちらも人の姿でやってくる。
あれ以来、ときどき考えます。
自分は今誰かの「幸運」だろうか。
毎日、面倒な話が山ほどやってきます。
拒否したくなる気持ちが湧いてくるたび、
女性警官を思い出すようにしています。
—————————-
北田君から、バトンを受け取った細田です。
盗まれたときは、いつか大物になって
「あれは寄付してやったのさっ」と
言えるくらいになると決意しました。
でも未だに思い出すと悔しい。
小モノの証拠です。
でもこうして、仕事ラッシュの中で
原稿を書くことができたのは、
あの日の出来事があったから。
すでに元はとったかもしれません。
また明日。
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