リレーコラムについて

紛れもなくこれもコピーなんだな(3) 研究場

碓井智

■ラボよりゆる〜い研究場(ば)■ ※「こいのぼり」の曲調で

今日のコラムは、自分のオフィスではなく、隣にある

電通クリエーティブクロス関西さんの18階よりお届けしております。

今、クロスさんと共同プロジェクト開発ということで

とある「研究場」を実験的に創造させていただいております。

それは流行りの「ラボ」か、といえば、「ラボ」みたいなものなんですが

よりオープンに様々な分野の方の知見が雑談交りに創発しあえるように

「場」のつくりこみをしているもので、「ラボ」を一層ゆる〜くした

知的&痴的な雑談のサロンなようなものとイメージください。

何も目指さないが、セレンディピティでクリエイティブなアイデアの刺激を

与えあう空間です。

ギブ・アンド・テイクなどは気にせず、フリーライダーも許される

アカデミズムの世界とは正反対のグダグダなスペース。

でも、かなりつくりはオシャレで、実に心地いいところです。

ここに、私は大量の本を持ち込んで、

企業、業界、経済、経営、政治、哲学、エロスなどを

マジメに研究させてもらっています。

どなたでも歓迎しますので、関西来られた時はお声掛けください。

くれぐれも崇高な理念なんてないから、突っ込まないでくださいね。

さらには、その実験から、広告会社におけるコンサルタンシーの可能性について

中長期的に展望を描いていきたいとも思います。

あとは、信仰について。宗教とかではなく、経営にしても、信仰と言うのは非常に

重要に思う。何故、この事業にコミットするのか。それは、信仰のようなものであるとの

仮説をもって、研究したいと思う。

さて、それが、本日の本題。

■グリーフケア (「悲嘆」を学ぶ)■

この4月から塚口という、尼崎のとなりにある場所にある聖トマス大学というところで

毎週金曜日に開講している「グリーフケア講座」というものに通っている。

たいせつな人を失ったなど悲しい状況にあるときに

いかに癒しを求めるか、そしてそのような状況にある人にいかに寄り添うか、

つまり、「悲嘆」について学ぶ学問である。

高木慶子先生という、上智大学グリーフケア研究所所長をはじめ

松本サリン事件の被害者であられる河野義行さんや

世田谷一家殺害事件の遺族であられる入江杏さん、

聖路加国際病院理事長の日野原重明さんなど

非常に深く、そして素晴らしい見識をお持ちの方々が

ご自分の経験をふまえ、おそらく参加者のなかで少なからずおられる

そうした悲嘆を抱かれておられる人々に

語りかけてくれる講座である。

実は、3.11以前に参加を希望し、抽選で受講できることになったのだが、

その開講前に、あのような大災害と原発事故というものがおき

奇しくも、今の日本に最も切実に必要とされる学問になったと思われる

内容である。

先週は、『妻を看取る日』の著者であられる

(財)日本対がん協会会長の垣添忠生さんが

実に、心に響くお話をしてくださいました。

詳しい話は、おそらくこのコラムでは、様々な誤解を生む可能性もあるので

差し控えますが、どうしようもない悲しみに出会ったときでも

それでも人は生きていかなければならないのだから、

時間がかかろうが、元のようには戻らなくとも

生きていける心のケアと、その悲しみに寄り添えられるように学んでおこう

というのが、この学問の核心であると思う。

自分自身が受講をしようと思ったのが

昨年まで神戸大学MBAコースを受けた後、折角身に付けた勉強の習慣を

失いたくなかったのと

次女に腎臓移植をしていて、明日のことは予測のつかない日常に

少しでも「準備」しておこうと思ったのが動機といえば動機。

でも、どっちかひとつだけでは、わざわざ行こうとは思わなかっただろう、

というのが正直なところ。たまたま、チラシを見て、たまたま抽選であたっただけ。

それが、非常に、仕事に、プライベートに、いい効果をもたらしている。

40歳を過ぎたら、死生観をもって働こうと思ってたところなので

(別に、競合に負けたら、命をもって償いをするって意味じゃないですよ、笑)

この講座の、この方々のお話は、ほんとうに

ダラダラと生きてる自分が申し訳ないと思えるほどに

素晴らしいものです。

明るくサラリとした人もいれば、真摯に祈りを捧げつつ立ち直った方もいたり

「悲嘆」に屈しない、人間として尊敬できる方々ばかり。

こんな自分も少しは、人の悲しみに対し、どう寄り添えばいいのかを

ちょっとづつではあるがわかりつつあるのである。誠にささやかではあるが。

ということで、一応、1日目と2日目と3日目は、こんなカンジでつながっている。

あ、

コピーの話をしないといけない。

松本サリン事件の被害者でありながら当初は加害者に仕立て上げられてしまった

河野さんの言葉。

「やってしまったことは元へは戻らない。

 憎しみの感情をもちつづけて

 その人生は幸せか。

 一日恨めば、一日つまらない人生になってしまう」

当然、自分はこの境地には達し得ない。

例えば、『慟哭』(貫井徳郎)のような事態がおきたら

私には、無理である。

でも、こういう考え方があるということは知っておいてもいいと思うのだ。

とかいいながら、

昨日は所属するBDCという局の会で飲みすぎで、家にも帰れず、

サウナから出社するというだめだめライフは、

バカボンのパパと同じ41歳になるからには、もうやめようと思う。

若くはないのだから、死生観をもって働こうと思っているのだから。

でも、

結局、「これでいいのだ」とか言いながら、飲んでいるような気がする。

ほぼ確信的に。

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