リレーコラムについて

じぶんたちだけの野球チーム

富田克人

ぼくたちは野球チームを作った。

高校には硬式野球部はあったが、
それはみんな丸坊主で甲子園を目指しているような、
本格的過ぎるくらいの野球部だった。

だからぼくたちは、じぶんたちだけの野球チームを作った。

確かそれは高校二年のゴールデンウィークくらいに活動をはじめ、
友達の友達などを誘って人数は芋づる式に十人を超えた。

放課後、高校の近くにあった市営のグラウンドに無断で行く。

グラウンドの端にあるベンチでだらだらとしゃべりながら、
それぞれが勝手がってに着替え、
会話が一区切りした人間たちがペアになってキャッチボールを始める。

そのペアのでき方は毎回少し違っていたけれどそこに全く違和感はなかった。

キャッチボールにそろそろ飽きたと思った頃には、
誰かがバットを振り回し始め、フリーバッティングが始まる。

フリーバッティングが一周すると、ノックが始まって、
エントロピーが増大するみたいに内野と外野にメンバーが散る。

ベンチでは誰か一人は休憩している。

日が暮れるころには、再びみんなはベンチのあるところへ集まっていて、
勝手がってに着替えている。

携帯をチェックして女の子からメールが来たといって騒ぐ人間がいれば、
数学の授業で当てられている問題を教えてもらっている人間がいる。

皆が着替え終わった頃には、自転車に乗った数名が先導するようにして、
みんなはグラウンドを後にする。

確実にそういう日常が続いていて、
ぼくはひそかにこの風景が終わるはずなんてないんだと思っていた。

 
・・・・・・

もちろん、終わるはずがないものなどなく、全てはあっけなく幕を閉じる。

ぼくたちのその野球チームの終わりも、
結構あっけない幕切れだったように思う。

通っていた高校が進学校だったせいで、高校三年に上がった頃には、
みんなそれぞれの形で受験を意識していた。

放課後、予備校に通ったり、
テスト勉強に本腰を入れ始める人間が少しずつ出てきたりして、
野球の練習への集まりは悪くなった。

今になれば遠くの景色を眺めるような目で振り返ることはできるが、
当時のぼくたちは、泥沼の中でただもがいているみたいになっていて、
冷静に何が正しくて何が正しくないかを判断できる
基準など持ち合わせていなかった。

そして、同時に何かおかしなものを信じていたのかもしれない。
野球のことは誰も話さなくなった。それだけ日常は切迫していた。
馬鹿みたいな話だけれど。

だから、そんな日常に押し流されるようにして、
野球チームの活動は次第に縮小されていった。

誰が言ったわけでもなく、ただなんとなく縮小されていった。

それでもみんなそこに何かがあるということを分かっていたのだと思う。

高校三年生の冬が来て、
それぞれがそれぞれの方向に向かって否応無く歩み始める
そんな時期になっていても、
ぼくたちは暖かい火にあたるようにして、互いに言葉を交わしあった。

その言葉の内容なんてものは、
本当にくだらなさすぎてここには書くことはできない。

けれども、その瞬間、その言葉たちは確かな重力を持ってはいたし、
それを受け取り、投げ返していたぼくたちの心にも、
確かな何かが響いていた。
 
そして受験が終わり、三月は来る。

ばかされたような三月の到来。

二月二十八日には蔓延していたはずの閉じた
暗い空気が三月一日という言葉によって切り裂かれ、
世界は光を浴びるように輝き出す。

ぼくはこの世界の変容に驚いたけれど、
驚きを表現するよりも早く、卒業式は到来していた。

思い出を噛み締めていられるような時間の余裕は許されず、
ただ忙しく、儀式だけを済ませていく、そんな最後だった。

言い訳には、みんな思っている、「また会えるさ」と。

ぼくもそう思っていた。卒業式なんてただの式で、
仲のよい奴となんていつだって会える、と。

でも、ぼくたちを繋いでいた何千本もの細い糸は、
ゆっくりとしかし確実にぶちぶちと音を立てて切れていく。

そのことに気づいたのはいつだっただろうか。

気づくのはいつだって取り返しがつかなくなってからなのか。

ぼくはみんなと離れてひとり東京の大学に進学したのだった。

―――――――――――――――――――――――――

こんにちは。

僕はいま27歳です。

ということは10年前は、17歳でした。

毎朝、自転車で、びわ湖の朝の風を受けながら、
畔にある公立高校に通っていました。

そんな10年まえのことを思い出しながら、
高校時代の自分たちのことを、ちょっとそれっぽく書いてみました。

こんなナルシスティックに高校生活を送っていたわけでは
決してありませんが。

NO
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