リレーコラムについて

遠近

藤本宗将

「来なかったら、俺の心のメモリーから消すぞ」

その人からの呼び出しの電話は、
いつも突然です。そして無茶です。

声の主は、新入社員時代のもうひとりの師匠、Yさん。

呼び出しに応じられない状況のときは
電話に出なければいいんでしょうけど、
残念ながらその手は使えません。
なぜなら着信表示されている名前は
Yさんのものじゃないからです。

要するに飲んでいるとき、酔った勢いで
横にいる人の携帯からかけているわけですよ。

プレゼン前日だったので作業を抜けて行くわけにもいかず、
ごにょごにょと言い訳する僕。

そこでYさんのこの言葉です。

「来なかったら、俺の心のメモリーから消すぞ」

だけど、そもそも、ですよ。

別の人の電話からかけてきてるってことは、
Yさんの携帯のメモリーに僕の番号入ってないですよね?

そしておそらく明日になれば、
こうやって僕と会話したこと自体
心のメモリーから消えているに違いないのです。

しかし、それを指摘する勇気はありません。

「いやいやいやいや消さないでくださいよ!!!」

と、とりあえず全力で食い下がります。

それにしても、
電話番号さえ登録してもらってない弟子って、ねえ。
しかも去年まで10年近く会ってなかったし。
おそらく数多の弟子の中で
もっとも疎遠な関係じゃないでしょうか。

でも、それって僕のせいなんですよね。

Yさんと出会ったのは、15年前。
配属先の新入社員研修のことでした。
それまでなんとなく
クリエーティブを志望していただけの僕は、
Yさんの書くコピーを見て
言葉の面白さ、難しさ、奥深さを知りました。
自分もコピーライターになる、と
はっきり決意したのはそのときです。

やがてYさんが独立されてからは
いいコピーが書けたら見せに行こう、というのが
僕のひそかな目標でした。
でもなかなかいいものが書けず、
結局ずっと実現できないままだったのです。

だから今年やっと
新人賞の報告ができたときは
嬉しかったなあ。

15年もかかってしまって、すいません。

Yさんと会わなかったら、
コピーライターの僕はいませんでした。
世の中にすごいコピーライターは
たくさんいるけれど、
僕にとってYさんは特別なんです。

なので、心のメモリーから消さないでもらえると嬉しいです。

ただし、呼び出しは、ときどきでいいです。

いや、まれに、くらいでいいかもしれません。

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