パンティー 前編
ぼくは「パンティー」があまり上手に言えない。
「パン」だけなら「今朝はパンにする」と朝から母親相手にでも言える。
「ティー」だけでも大丈夫。
紅茶を注文するときに緊張したりしない。
でもそれらふたつを続けて言おうとすると、
どうしてもうわずった声になってしまう。
周りに誰もいないことをよく確認したうえで言ってもなお、
口にした直後には、ありもしない視線が気になって仕方ない。
そして声をうわずらせたあとで、ぼくはいつも愕然とする。
いまだにパンティーに飲み込まれたままだということに気がつき、
ひとつため息をつく。
ぼくにとってのはじめてのパンティー体験はいつだっただろう。
新橋のエクセルシオールカフェ3階のいちばんトイレに近い席で考え込む。
腕を組み首をひねった方向に、非常口の看板が見える。
緑の矢印が右を差していた。
そうかそういうことかと立ち上がり、
矢印が指す方へ導かれるようにふらふらと歩いて行くと、
やっぱりいた。そこには、中学生のぼくがいた。
スポーツ刈りのぼくが、
友達の部屋のベッドの脇に座り込んで
何か雑誌のようなものを一生懸命読んでいる。
「投稿写真」だ。
そうだった。思い出した。
その全国のカメラ小僧たちが撮ったパンチラ写真を集めた小さな雑誌は、
生まれてはじめて目にしたエロ本だった。
当時の愛読書が、学研の「中一コース」だったぼくは、
その雑誌のおかげで完全にコースからそれたのだった。
ぼくの目の前で中1のぼくは、
あるパンチラ写真を食い入るように見つめている。
高校野球の応援スタンドに座る女子高生をローアングルから狙った一枚。
空よりも青いベンチに腰掛けた女の子は、
黄色いメガホンを持ち、
もう片方の手に握ったハンカチで口元の汗を拭いているが、
あまりの暑さに油断したのか、
カメラ小僧の熱視線にも気付かずに両足を無防備に開いていた。
そしてスカートと太ももの間で、 その白いものはきらきらと光っていた。
そのパンはチラのくせしてすごいインパクトを持って、
中1のぼくの心を一瞬でとらえた。
中1のぼくは、友達に「もう帰るけん」とだけ言い残すと
逃げるように立ち去った。
すれ違いざまに見た中1のぼくは、
はやく一人になりたくてたまらないという顔をしていた。
ぼくはあのとき、昭和天皇が崩御されたあの年の秋に、
パンティーに飲み込まれてしまったのだ。
以来、パンティーは声にするだけで緊張してしまうほどの憧れの対象となった。
(後編につづく)
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