おつかれさま。
神尾香菜子
母は、高校を出ていません。
小学校6年生のとき、母は親をなくしました。
遠足の潮干狩りから帰ってくると、
おなかが痛いとトイレに行く母親と廊下ですれちがったのが最後、
倒れてそのまま息を引き取ったそうです。
その死を受け入れられなかった母の父親は、仕事をせず酒ばかり飲む毎日。
長女である母がたったひとりで幼い弟や妹の面倒をみていました。
貧しさという劣等感をぬぐい去るために、母は誰にも負けたくなかったようです。
成績はいつも学年トップ、部活のテニスでは県で準優勝をおさめました。
地元で一番の進学校に奨学生で入学できると担任の先生から知らせをうけ、
よろこんで父親に報告すると「学校なんかやめて早く働け」とたったひとこと言われたそうです。
15歳で社会に出てから約50年、母はずっと働いていました。
ちょうど4月末に最後の勤め先であるスーパーのレジ係を辞め、
母は長かった仕事人生を終えました。
退職の日、レジにはおどろくほどたくさんのお客さんがおしかけました。
10数個の花束と、かかえきれないほどのお酒やお菓子のプレゼント。
末期のがんを患っているのに病院から抜け出して、
会いにきてくれたお客さんもいたそうです。
「なんでこんな、パートのおばさんにね。」
もらったバラをうれしそうに花瓶に入れる母を見て
ふと、母は50年前、仕事にえらばれてしまったんじゃないか、と思いました。
なにがいちばん幸せかなんて、旅の途中じゃわからないのかも。
お母さん、おつかれさま。
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