リレーコラムについて

この仕事が好きだ。

阿部広太郎

おそらく、の話。
あれは嫉妬だったんだと思う。

2008年夏。
電通のインターンシップ。
そこには書類選考、面接を突破した、
やる気に満ちた就職活動生36人が集結していた。
その年に電通に入社し、人事に配属された僕は、
インターンシップのアテンドをすることになる。
アテンドなんていうと響きはいいけど、
実際は、教室をおさえたり、講義の資料を印刷したり、
いわゆる新入社員の仕事を。淡々と。粛々と。

“広告の仕事を体験してもらう”という狙いのもとに、
インターンシップ生は、
豪華講師陣から講義を受け、演習をし、講評を受ける。
キャッチコピーの書き方を学び、
課題解決の考え方を教わり、
最新の広告事例を学んだ彼らは、
ひとつの課題が与えられ、最終プレゼンに臨んでいた。
僕はそれを後ろから、ビデオで撮影していた。

ひとりひとりプレゼンはすすんでいく。
ファインダーごしに僕は、どきどきしていた。
緊張しながら、マイクをぎゅっと握りしめて、
ときおり噛んだりもして、渾身の企画を説明する彼らは、
すごくきらきらしていた。
勘弁してほしいくらい、いい表情をしていた。
まぶしいくらいに。ひかりを感じた。

なんだろう。なんなんだろう。この気持ちは。
プレゼンが終わるたびに拍手をするのだけど、
僕の心はぜんぜん浮き立っていなかった。
教室のいちばん後ろで突き刺さるように立ち尽くしていた。

なにしてるんだろう俺。
むちゃくちゃ楽しそうじゃんかよ。
クリエーティブってそんな面白いのかよ。
そっち側に行きたいよ。
年齢もたいして変わらない彼らが、
教室の後ろにいる自分からは手の届かない
遥か先に行ってしまってるようで、
急に不安になった。

でも僕にはコピーが書けない。
クリエーティブな考えなんてできない。
就職活動でも「クリエーティブ志望です」なんて、
ひとことも言わなかった。言えなかった。
自分には手の届かない世界の話だと思っていたから。
本当は憧れていたのに。口に出すのも恥ずかしかった。
だから、
好きなことに全力で立ち向かってる彼らの姿に直面して、
本気で好きなことを仕事をするために、
なにひとつ努力せず、勝手に諦めて、
誤魔化していた自分が、情けなかった。

もうやめよう。逃げるのは。
いまが最後のチャンスな気がした。

インターンシップの打上げ。
じんわりと手に汗をかいていた。
ビールをぐぐぐっと流し込んだ。
僕は講師をしていたCDに話しかけた。

「クリエーティブに行くためにはどうすればいいですか。
 僕も、エクセルばっかり叩いてるんじゃなくて、
 クリエーティブに行きたいんですよ」

「じゃあ、課題出してあげよっか?本気ならメールして」

へ。すごくあっさり。会話は終わった。
はやくしないと約束が消えてしまうような気がして。
僕は次の日すぐ、CDに本気です、とメールした。

その勢いで、会社の下にある本屋に行った。
お目当ての本は高かった。2万円もする。
こんなに高い本を買うのは人生ではじめてだなぁ。
そんなことを思いながらレジに持っていく。
もうためらいもない。
「言葉たちは、旅に出る」
本の帯にはそう書いてあった。

コピー年鑑は重かった。
でも、なんだかそれが心強かったことを、
いまでもよく覚えている。

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