リレーコラムについて

人生のすべてをかける

阿部広太郎

「君には、営業の方が向いてるよ。
 クリエーティブの気持ちがわかる営業になってよ」

会社に戻る道で、真剣な顔をしたCDにそう言われた。
僕は「いやいやいやー!」と、いつもより多めの笑顔で応えた。

入社1年目の最後に実施されるクリエーティブ試験に向けて、
約週1回のペースで、CDに出された課題に取り組んでいた。
マッチのキャッチコピー、
ダイエットのキャッチコピー、
ティシュペーパーのキャッチコピー、
国内で新婚旅行をしたくなるキャッチコピー。
課題は様々で、毎回コピー20本を、
お昼の時間を使って、CDにコピーを見てもらう。
人事のデスクでコピーを書く訳にはいかないから、
自宅であーでもないこーでもないと考えながら書いた。
それでも間に合わない時は、
トイレの個室にまっさらなA4のコピー用紙を
持ち込んでギリギリまで書いた。

でも、全然うまくいかなかった。うまく書けなかった。
それでもCDはすごく丁寧に見てくれる。
なぜダメなのか、どう切り口を探せばいいのか、指摘してくれた。
なんて贅沢な授業だろう。
CDも、困ったなあ。なんでこんなこと引き受けちゃったんだろう。
そんな顔をしているのに、
僕はそれに気づかないふりをして書きつづけた。

試験は一ヶ月後に迫っていた。
すこしくらい誉められたい。
そう思っていた時に言われたのが、
向いてないかもね宣告だった。
無理かもしんない。CDがそう言うなら。
そう1ミリでも思いこまないように、
とりあえず笑うしかなかった。
最初からうまくいくはずなんてないじゃないか。
いいじゃん下手くそでさ。
簡単に書けたら、逆に困るよ。
だからこそ挑戦しがいがあるってものだろ。
気づいたら、人生のすべてで勝負できるコピーが
むちゃくちゃ好きになっていた。

クリエーティブ試験当日。
どきどきしている自分を落ち着かせるために、
コピーの書き方について、
自分なりにまとめたメモを開始ギリギリまで読んでいた。
内容はほとんど頭に入ってこなかった。

お昼過ぎからまるまる約4時間かけて試験は行われる。
「好きな日本語について書きなさい」という600字の作文。
「バンジージャンプ」のキャッチコピー。
その中の一本に絵をつけなさい。
そんな問題だったと思う。

この数ヶ月で気づいたこと。僕にセンスはない。
だからこそ、数で勝負するしかないと考えていた。
質より量。量からしか質はうまれない。はずだ。
幸い問題は聞いていた通り
「コピーを10本以上書きなさい」というものだった。
10本以上だったら、何本書いてもいい。
とにかく書いて。書いて。書いて。
この会場でいちばん書いてやる、そんな気持ちで書いた。
試験が終わった時、
持ち込んだ鉛筆の尖っていたさきっぽは、
ぜんぶまんまるになっていた。

運良く筆記試験を突破する。異動できるか、
後は、次の面接次第。
想定される質問をぜんぶ書きだして、
もやもやした思いを言葉に変えた。
面接では、インターンシップで感じたこと。考えたこと。
これまでのことをぜんぶ正直に話した。
質問も途絶え、もうそろそろという時に、
最後にひとついいですかと、僕は言った。
「僕に一度だけでいいです。広告をつくらせてください」
「三年でダメだったら出してもらって構いません」
新入社員研修の時に講義で聞いた、
コピーライターの玉山さんと同じことを言った。
僕もまったく同じ気持ちだった。
面接官の偉い人たちは、頷くこともなく、無表情だった。
手応えはとくにない。でもこれでダメなら仕方ない。そんな風に思えた。

後日。
CDに結果報告に行った。

「受かりました!」
「なんかの間違いなんじゃないの」とCDは笑っていた。
僕は「いやいやいやー!」と、心の底から笑って応えた。

NO
年月日
名前
5805 2024.11.22 中川英明 エキセントリック師匠
5804 2024.11.21 中川英明 いいんですか、やなせ先生
5803 2024.11.20 中川英明 わたしのオムツを替えないで
5802 2024.11.19 中川英明 ドンセンパンチの破壊力
5801 2024.11.18 中川英明 育児フォリ・ア・ドゥ
  • 年  月から   年  月まで