リレーコラムについて

うまずい人

清水清春

とはいうものの、「うまずい」は
人のキャラクターにも存在する。
少なくとも私はそういう人を1人知っている。

かつて私の職場に、Nさんという方がいた。
数年前に無事にご定年を迎えられて
いまではきっと悠々自適に
暮らしていらっしゃることだろう。

このNさん、武骨を絵にかいたような
男っぽい顔立ちなのだが、話すととたんに
広島のおばさんになる。
なんというか、そうだ、山科けいすけの漫画
「C級さらりーまん講座」に登場する
キャラクターに似ている気もする。

けっしてさぼって遊んでいたり
不真面目だったりするわけではないが、
かといって一生懸命な仕事人間かというと
これがそうでもない。
何につけ「ごめんねえ」が口ぐせで、
「シミちゃん、ごめんねえ、これって
いつ入稿やったかいねー」
と、3日前に渡したデータを持って
掲載前日に聞きに来たりする。
「いつって、明日掲載じゃないですか!
お願いしますよもう」
などと言うと
「ごめんねえ、これでコーヒーでも飲んで」
となぜか500円玉をくれたりする。

そういえば会社の外でNさんが社員と出くわすと、
「おお、○○ちゃん、これでコーヒーでも飲みんさい」
と毎度毎度、誰彼なしに500円玉を
くれることで有名だった。
もらった500円玉を貯金して
スーツを新調した奴がいたという噂まである。

てことはつまりNさんは単なるお人よし社員なのかと
問われれば、これがまた微妙に違うのだ。
タクシーで出かけてその場に待たせておいたくせに
別のタクシーを呼んで帰って、5時間後に
運転手から烈火のごとき電話がかかってきたとか。
タクシーチケットを渡しておつりをもらおうとしたとか。
給料日になると飲み屋のママが受付に殺到したとか。
トイレで横に並んだら、「放水の音」が
半端なくすさまじかったとか。
まだまだこの程度では済まない話があるのだが、
さすがにここでは書けない。
とにかくその「ゆるさ」における伝説が
山のようにある人なのである。

失礼ながらデキル社員の部類には入らず、
しかし高田純次ほどキレのあるいい加減さを
発揮するわけでもなく、なのになぜか憎めない。
これはどういうものだろうと考えてみて、
私はひとつの結論に達した。

Nさんは、あきらめられながら愛されていた。
そういうことなのだろう。
べつに500円くれるからというのではなく、
その「うまずい」キャラクターそのものを
誰もがあきれ、あきらめ、そして愛していたのだろうと。
そしてそういう人が会社にいた時代は、
やっぱり幸せな時代だったんだろうなと思う。

私は果たしてこの先Nさんのような「うまずい人」に
なれるだろうか。いや、なれまい。どちらかというと
「きまずい人」になってしまいそうだ。
この国の企業から失われつつある
「うまずい人」を、何とか守っていかねばならない。
そんなことを多少無責任に考える私であった。

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NO
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