迷走時代3
鵜久森徹
この話がフィクションかノンフィクションか、
それは読む方の判断におまかせします。
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ボクが役者をしていていたのは18歳から23歳までの
5年間。毎日がディープだった。
一生出会うことのない人たちとたくさん出会った。
帯広の薬物更生施設を退院してきた男
タイから来た「ワタシお金持ち」が口癖の
オカマ・ダンサー。
100万円の札束を持って会員制ポーカーゲームに
通い詰める会社の社長。
中絶を繰り返して、もう子供が産めない
二十歳の女子。
半端な根性しかなくて、胸にアウトラインだけで
牡丹の彫り物をしているホスト。
処女を金で売る女子高生の集団。
エイズで死亡したDJ兼モデルの黒人男性。
「仕事がもらえるなら誰とでも寝るわ」
と公言する売れない女優。
元明治大学相撲部キャプテンの暴力団組長。
まだまだ数え上げたらキリがない。
その頃、ボクの頭の上に明るい太陽はなく、
漆黒の闇に包まれていた。
変化は偶然に訪れた。たくさんの借金をつくり、
とにかく貧乏だったボクは、何か仕事をしなければ
もう生きていけない状況に陥っていた。
「バイトでも探すか」
求人情報誌をペラペラとめくると
制作という文字が目についた。
芝居の世界に埋没していたボクには、
制作と言われて思い浮かんだのは、
大道具などの舞台の制作だった。
履歴書を送ると、面接の連絡が来た。
場所は新橋。ふだんはまったく縁のない街。
面接に訪れた会社の前に到着して、
思わずビルを見上げた。あぁ間違えたと思った。
でも、ここまで来たら仕方がない
と諦めてエレベーターに乗った。
そこにはパンツスーツが眩しいOLがいた。
場違いな気分が、どんどん増していくのがわかった。
面接の部屋に入ると、二人の男性が待っていた。
仕事の内容を聞きながら、ボクが応募したのは
求人広告の制作募集だったことを理解していった。
会社の名前はリクルート・フロムエー。
ボクはリクルートが何の会社かも知らず、
ましてフロムエーが何なのかを調べることもなく
ただ単に制作という言葉に飛びついた
究極の愚か者。
制作チーフだという若いほうの男性が
「じゃ作品を見せて」と言った。
でも、作品は持っていない。
今さらどうすることもできないので
「作品はないですけど、
敢えて言えばボクが作品ですかね」
と返答したのを憶えている。
が、その先は何を話したか、まったくわからない。
質問に答えて、いろんな話をしている途中に、
もうひとりの副編集長と紹介された男性が、
小さく笑い始めた。とっさに
「何がおかしいですかぁ!」
とボクは噛み付いていた。
「お前、人を撲殺しそうなやっちゃな。
おもろいから入れたるわぁ」という
副編集長のひと言で、その場で採用が決定した。
ボクはただただ唖然とするしかなく、
何かに導かれるように、
広告制作の扉の前に立っていた。
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