リレーコラムについて

オレ、オレ電話

武藤雄一

「雄一、お前、今電話して、あたしと話した?」
先日、僕の母から少しワケのなからない電話がありました。
いつもおっとりとしている母が興奮して、
少し大きな声でしかも早口にしゃべっています。
受話器の向こうで、小さな目を大きく開いている姿が浮かびます。
「してない。それ、オレオレ詐欺だよ」
僕はすぐに答えました。
「やっぱり、そうよね。だって声が枯れてたもん。お前と違って」
「お金、振り込めとか言ってきたの」
「それはないんだけど、あとでコンビニの店長が電話してくるって、言うのよ」
このころになると、母の興奮もだいぶおさまってきました。
「なるほど。グループかぁ。ひょっとしたら手強いかも」
母とは逆に、僕がだんだん心配になってきました。
母の家は鎌倉です。そして僕は東京。
父が仕事から家に戻るには、まだ相当時間があります。
「今度、コンビニの店長から電話がかかってきたら、息子さんがお店で泥棒をして、
なんて言うかもしれないから。そんな話、聞かないで、警察に連絡したって言いなよ」
「わかってるわよ。本当の息子と連絡をとったって言うから」
「ちょっと待って。ひょっとしたら家に来るかもしれない。押し込みかもよ。
お母さん一人だっていうこと、向こうは知ってる?」
「言ってないわよ。大丈夫」
「もし家に入いられたら、大変だからしばらく外に出かけてたら」
僕は、いろいろな可能性をつぶそうとしていました。
すると母は、ちょっとめんどくさそうに
「大丈夫だから」と言うのです。
「みんな、そう言うんだよ。大丈夫って。でも、何かあったあとじゃ遅いから、
絶対に外に行きなよ。喫茶店でも行ってくればいいじゃない、絶対だよ」
「わかったわ。雄一もお水をたくさん飲みなさいよ。熱中症に気をつけてね」
もう、いつもの母に戻っています。そうして電話を切りました。
30分後、なんかイヤな予感がして家に電話をしてみました。
やはり、母は家にいました。
「なんで、家にいるのよ」
「暑いんだもの。外なんか行ったら熱中症になっちゃうわよ」
「まったく、また、電話くるよ」
「もう、来たのよ」
「えっ、コンビニの店長から」
「違うわよ、ニセの雄一から」
「店長じゃないの?」
「それが不思議な電話でね。なにか話そうとしているんだけど、なにも言わないわけ…」
母の話ではニセの雄一は「あのさぁ」と何度も言うのですが、
そのあとに黙ってしまうらしいんです。
母が何度も「用事があるから、電話してきたんでしょ。言いなさいよ」
とやさしく言っているに、黙ってしまう。
そして最後に「やっぱりいいや。なんか変だから」と言って電話を切ってしまったそうです。
「それさ、オレオレ電話だね」
僕はちょっと笑ってしまいました。
「オレオレ電話って、なに」
「オレオレって、言いながら何も詐欺してないからさぁ」
「確かにそうね」
母も笑いました。そしてちょっと驚くことを言うのです。
「いい人だったよ」
「えっ、どういう意味よ?」
「まだ、あれは20代ね。やさしそうだった」
「そういうのがヤツらの手口なの。いい人ぶって全部持っていっちゃうんだから」
僕は、わざと厳しい口調で母に言ったのです。
「あれはね、誰かにやらされてるのね。なんかつらそうだったもん」
懲りない母に、僕はまた厳しく注意しました。

でも、実は僕も母と同じように、
ニセの僕は、そんなに悪い人間じゃないかもしれないと感じていたのです。
僕は今まで、振り込め詐欺にこれほど近くで関わったことはありませんでした。
母と父には電話が来た時の対策をちゃんと話していたけども、やはり人ごとでした。

年間でおよそ6,000件以上ある振り込め詐欺。
それは、僕にとって、ひとかたまりとして悪の象徴でしかありませんでした。
しかし、振り込め詐欺をしている悪人も、それぞれ一人ひとりの人間で、
それぞれの感情があるんだということに気づかされたのです。

ニセの僕は、詐欺をはたらくために電話をしてきたに、
なぜ自分から電話を切ったのでしょうか。
そして電話を切る間際に言った「変だ」は、何についてだったのでしょうか。
もう、気づいている母にだったのか。
それとも自分が置かれている状況にだったのか。

振り込め詐欺だけでなく、他の場面においても、
そこで踏みとどまれるのか、どどまれないのか。
その2つの選択に迫られることがあります。
いじめないのか、いじめてしまうのか。
ウソをつかないのか、ウソをついてしまうのか。
ごまかさないのか、ごまかしてしまうのか…。

ニセの僕は、母との電話ではきっと踏みとどまったのでしょう。
そして次は誰に電話をするのか。
誰か知らないお母さんなのか。それとも本当のお母さんなのか。
彼はまた「オレ、オレだけど」と言うのでしょう。
そのとき電話の向こうのお母さんが「あら、○○じゃない」と、
彼の本当の名前を言ってくれたらいい。そう思いました。

4話、5話とずいぶん長くなってしまいました。
もし、全部読んでいただいた方がいたら、
この長いコラムにお付き合いいただき、ありがとうございました。

さて、来週は僕の古くからのお友達の李(り)さんです。
TCC新人賞の同期でもあるのですが、その前からのお友達です。
いつも手厳しく、今だによくお説教をされちゃいます。
今回のリレーコラムのお願いをした時も
「武藤くん、本当に友だち少ないよね。なんかあると、いつも私だもんね」
といきなり、ばっさり。でも、
「武藤くんの頼みだから、受けるよ」とうれしい言葉。
厳しいけども面倒見のいい、やさしい女性なのです。
そのやさしさが書くコピーにも出ているなぁ、なんて僕は勝手に思っています。

それでは、李ちゃん、ヨロシク!

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