リレーコラムについて

深夜2時に鬼束ちひろ

栗田雅俊

大学1年の頃住んでいた上石神井のアパートで、
となりの部屋に金髪の女性が住んでいた。

少しやつれて、
どこか病的な雰囲気の漂う人だった。
属性でいうと闇。

そして彼女は、
毎晩深夜2時になると
決まって窓を開けて、
外に向かって大声で
鬼束ちひろさんの『月光』を歌う人だった。

♪『月光』

I am GOD’S CHILD

この腐敗した世界に堕とされた

How do I live on such a field?

こんなもののために生まれたんじゃない

それはそれは怖かった。

深夜2時に窓を開け
外に向かって大声で
鬼束ちひろさんの月光ですからね。

こんなもののために生まれたんじゃない
ですからね。

そしてそれが毎晩つづく。
きまって深夜2時だ。

こういう時、どうしたらいいのか。
当時18歳の僕には検討もつかず
布団を頭からかぶり、ガタガタ震えていた。

正解は何か。

A:「うるせえぞ!」壁をドンと殴った。

B:「鬼束ちひろ、いいスよね!」笑顔で言った。

C:もはや、竹内まりやしかなかった。

→A:「うるせえぞ!」壁をドンと殴った。

歌声が止んだ。ふん、近所迷惑なんだよ!
ピンポーン♪…ん?誰だこんな時間に…
隣の女性だ。
「うわああ!」ザクッ。腹部に鋭い痛みを感じた。
目の前が暗くなり…そして…
【BAD END】

→B:「鬼束ちひろ、いいスよね!」笑顔で言った。

「わかるの?」サイコーっス!いい感じス!
「何もわかってない!」ザクッ。
【BAD END】

→C:もはや、竹内まりやしかなかった。

女「♪こんなもののために生まれたんじゃない~…」
僕「♪人生はあなたが~思うほど悪くない~」
女「…!?」
僕「♪早く元気出して~」
女「…」
僕「♪あの笑顔を見せて~」
女「…」
僕「…」
女「♪…幸せになりたい…」
僕「♪気持ちが~あるなら~」 
2人「♪明日を見つけることは~とても簡単~」

深夜2時、
ふたりの幸せなハーモニーが上石神井に響いた。

歌い終わると、
目が合って、あははと笑った。

歌の力はすばらしい。

彼女とはそれきりだが、
風の噂で、幸せな結婚をして、
二児の母になっていると聞いた。

月のきれいな晩などは、
子守唄に月光を歌っているのだろうか。

NO
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