リレーコラムについて

いい男ってさ。

橋爪敬子

さも美味しそうにものをたべると思いませんか。
べつに大袈裟に味を表現したりもせず、ごく自然にああ、おいしそうだなと伝わってくる。
女たちはその様子をみて、その男に料理を食べてもらいたいなと思い、寄っていく。
または、もっと工夫をしておいしく作ってあげたいなとおもう。

いい男って、まいっちゃう。

この流れでなんですが
父はおいしそうに食べ、また自分で手間ひまをかけることも惜しまない男。

春は梅を丹念に干して紫蘇とつける。
夏はぬか床のコンディションにぬかりがない。
日々の手入れは母がするが、夕餉にきゅうりの漬かり具合を旨い!とよろこびながら、もう次にたべる茄子や茗荷を食べる時間から逆算して、いついつ入れておこうとか采配をふるう。
秋は太い指で器用にたこ糸を繰って柿をつなぎ、ドレミファのような音階の遊びをつけて吊るし、そんな干し柿で一杯のお茶をごちそうのように味わう。
冬はものすごく大きな樽に白菜など豪快に漬ける。
ダイナミックだなーとみていると、間に昆布を丁寧に挟んだり鷹のつめをポイントに置いたりと繊細さも忘れない、憎い演出だ。

ある年は送られてきた全長ゆうに1メートルを超える立派なあらまき鮭を見事におろし家族からスタンディングオベーションを浴びた。
自分がたべる桃は台所の流しで剥きながら、果汁がしたたるそばから立ったまま食べる。
庭では炭をおこし、七輪で海老や手羽先に絶妙に塩を振って焼き、部屋で待つ家族に熱々をもってきてくれた。
そんな父は去年の春に病で急逝した。

入院中の病院では、若くてかわいい女性がお見舞いにきてくれると見栄っ張りでトイレにいけず、病室にトイレがあるのに用事のふりをして部屋をでて、術後のからだで途中でやむを得ず、あとでパンツを母にすまないと言って洗ってもらった。
葬儀には、どこぞの銀座のクラブのママみたいなきれいな御婦人がきて、まさか父のいつぞやの愛人なんだろうかと娘のわたしをハラハラさせた。

父親としてはだめだめなところもあったけど
なかなかのいい男でしたよ。

そんな橋爪敬の子で、橋爪敬子と申します。
よかったらお見知り置きください。

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