リレーコラムについて

ジャック・ボリーさんと弥助さんの銀座

加藤充彦

仕事で金沢に来ています。
東京は暑いみたいですが、金沢は寒いです。
これからもっと寒くなって来ると、食べたくなるのがフランス料理。
ちゃんとしたものは長らく食べていないのですが。

小笹寿しのときに書いた怪しいバイトは
その大半が国が発注した各種調査の下請け仕事でした。
当時はまだバブルの頃で、そういった謎の調査が山ほどあり、
学生だった僕にも、統計が使えるということで、
そこそこの金額の仕事が来ていました。
その中でもとびきり割のいい仕事で手に入れた現金を握りしめ、
ジャケットとシャツとネクタイを買って行ったのが、
ジャック・ボリーさんがいた頃のロオジェ。

フランス人が作る、
銀座の最高級グランメゾン。
緊張して、飲めないシャンパンを飲んでしまい、
朦朧としながらも、覚えているのは、
これがフランス料理なんだ、という感慨です。

とにかく重い。でもその重さが心地よい。
上顎が笑う、というのはこのことなのか。
アラカルトで頼んでも、
こんなに完璧に仕上げて来るんだ、
これが本当の贅沢だな、
やっぱり銀座ってすごい場所なんだな、と。

僕は酒を飲まないので、
ワインをある程度のペースで飲める人とは、
受ける感覚がだいぶ異なるとは思いますが、
それでも、やはり、後にも先にも、
あの心地よい重さを感じられるフランス料理には、
なかなか出会っていません。
フランス本国でも、大分前から
もう重いのは流行っていないようなので、
仕方のないことなのかも知れませんが。

弥助さんは、いまも金沢で腕をふるう、
まさに生ける伝説。
銀座の寿司のグランメゾン、
久兵衛で花板を勤め独立。地元の小松で大成功の後、
いろいろあって、いまは金沢でお昼だけのお店、
小松弥助の板場に立っています。
ここに行くためだけに金沢を訪れる人も多いくらい
有名なお店なので、これを読んでいる方の中にも、
ひそかに通われている方、いらっしゃるかと思います。

なんなんでしょう、あの鮨は。
あの流れを表面的に受け取れば、江戸前の正統ではありません。
客との関係も、小笹が1対1の真剣勝負だとすると、
あれって、弥助さん対その場の全員の関係ですよね。

森光子さんの放浪記のように、
ひとりひとりの客の反応を感じながら繰り出されるのは、
弥助さんの全身に宿ったリズムから生み出される、弥助祭り。
でんぐり返しに匹敵する、そのクライマックスは、
極上の大トロを白髪ネギを混ぜながらぶった切るネギトロ。
冷蔵庫ができる前は、
痛みやすいトロなんざぁ捨てていたんだよ、
と言わんばかりの容赦ないぶったたき。
やりたい放題の先に、完成された一品が待っているという
まったくもって恐ろしい世界です。

思えば、軍艦巻きを始めたのも久兵衛だったそうなので、
そういった創意工夫の積み重ねこそが、
銀座の、そして江戸前の本流なのかもしれません。

そんな数々の偉人を生み出した銀座を支えているのは、
間違いなく、銀座に来る客たちです。

僕たちの仕事も同じですよね。
ときに叱咤し、ときに背中を押してくれる
クライアントさんに、どれだけ助けられたことか。

そしていま僕がいるのは金沢です。
予定より早く終わり、余裕を持って小松弥助に行ける時間ですが、
残念ながら予約でいっぱい。

弁当を食べて、東京へ帰ります。

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