リレーコラムについて

北の国から その3

井村光明

今日はTCCの受賞パーティーですね!みなさん、お出かけになるのでしょうか?
今年のTCCからのお誘いメールは面白かったし、行きたいなあ。なのに、よりによって今週リレーコラムが回って来ちゃうなんて・・・。てか、僕が勝手にだらだら書くのが悪いのですが 汗。この文字数にお付き合い下さってる方がいらっしゃいましたら、本当にありがとうございます。もしパーティーで先週の山田さんにお会いになったら、何卒よろしくお伝え願います〜。

北の旅行は、到着した夜に平壌でアリラン祭、いわゆるマスゲームを見学。二日目は38度線のある開城に行き、その足で温泉との触れ込みの保養地へ。温泉とはいうものの、露天風呂など見当たらず、部屋風呂に夜1時間だけ温泉水のお湯が出る、それだけ 笑。そして翌朝、再び平壌へと出発しました。

 平壌から一歩出ると、車から見える風景はほぼ痩せた大地だけ。動いているものを見ることがほとんどありませんでした。車やサイドカーはもちろん、歩いてる人や自転車・山羊(ロバかも?)そしてスズメのような鳥も、時折見かける程度、以上なのです。わざわざ「以上」と書いたのは、つまり他には一切、不思議なことに野良犬一匹、戦慄すべきことに野良猫一匹見なかったのです・・・。恥ずかしがって隠れてたのかな、それとも、食べられちゃったのかな。

 しかしこの日は朝から異様な光景が広がっていました。何も無い道を、どこから来たのか夥しい人の列が途切れることなく進んでいるのです。老若男女、軍人も混じっています。しかもみんな手に手に鎌を持って、振り回しながら歩いている。危ない、子供もいるのに。そして(たまたまでしたが)、僕らの車と同じ平壌の方向へ。すわ避難民?有事か!もしくは一揆か?!と、ファンさんに訊くと、
「今日は日本でいうお盆です。みんなお墓に行って、ごちそうを食べたりお酒を飲んだりして、ご先祖さまに元気な姿を見せる日なのです。お墓の雑草を刈るために、みんな鎌を持っていきます。」とのこと。
そしてファンさん、こう付け加えました。

「お墓をきれいにしないと、ご先祖さまが、おばけ、になって
 出てきますね(笑)」

前日教えた、おばけ、を使うタイミングを狙っていたのでしょう。外人さんに日本語を教えれば良くあること。
しかし、ドヤ顔でもなく、照れるでもなく、ファンさんはピュアな笑顔を真っ直ぐに向けてくるものだから、僕を喜ばせたかった彼女の気持ちが、僕の全身に沁み込んでしまうじゃないですか。
溢れてしまって僕は、車窓へと目をそらすのでした。
自転車の荷台に、こんな国でもFCバルセロナ・メッシのユニフォームを着た小さい男の子、追い越しざま、車内の僕に鎌を振り上げてくれました。
 おばけなど全く出そうもない、うららかな秋の日差しの中を、車は走っていくのでした。

 平壌までは半日の道のり。ぽかぽかした陽気にすっかり緊張も解けて、日朝双方うつらうつら。今開かれている日朝協議も、かくありたいものです。一人起きていた僕は音楽を聞いていました。恥ずかしながら、学生の頃編集した「マイベスト」のカセットテープ。なぜか旅先では昔の曲を聞いてナイーブ気分になりたくなるんです 汗。120分テープ7本組!う~ん、この曲は、北の大地にも合うなぁ~などと、一人乙に入っておりました。

 と、右のイヤホンがポロリ、落ちたかな、と振り向くと、後ろの席で寝てると思っていたファンさんが、ふいに僕の耳からイヤホンを取り上げて、10cm隣りに頬を置き、聞き始めたのです。

ワンフレーズ、ツーフレーズ、横顔で聞き入ると、
「これは、アメリカの音楽ですね?」
と、僕に顔を向けました。
目の前に、ファンさん。鼻の高さぶんだけ近づいて、7cm。

その時聞いていたのは、ヒューイルイス&ザニュースの「Do you believe in love」という僕が中学生の頃のヒット曲。ラストのサビにさしかかっていました。 Do you believe in love〜 とコーラスのリフレイン。
アメリカの音楽ですね、と言うくらいだから、英語の意味は解っているのだろう。そう思うと、うなづくのが恥ずかしくて、僕は黙っていました。

北の女の子は、こういう歌詞を聞いてどう思うのだろう、そして、男女のこの距離をどう感じているのだろう・・・。

黙っている僕を見て、再び横顔に戻るファンさん。
でもまだ距離はわずか10cm。
昨日とは違うスーツ、地味ですがそれなりに気を遣っていて、就活生と思えば日本でもいなくはない、そんないでたち。静かに曲を聞き、かすかにリズムをとっています。
でも、でも?、その胸を見ると、リズムに揺れている、北のバッジ。
その時、ふと、

可愛い洋服を着せてあげたいな・・・。

と思ってしまったのです。
一度そう思うと、なんだかいじらしくて、大切にしてあげたい、そんな気持ちが僕の中でどんどん膨らんでいったのでした。

曲はフェイドアウトしていき、しばらく続く沈黙。
次の曲は?と、ファンさんが僕を見つめてきました。
と、恋に引きずり込まれる僕を止めるように、ガチャッ。
僕には解っていましたが、今の曲はたまたまA面の最後で、カセットが止まったのでした。
「?」という顔のファンさんに、

僕    「おしまい・・・続きは、また明日」
ファンさん「・・・でも、明日は帰る日ですよ」

3泊4日。明日は早朝の飛行機で、実質今日が最終日だったのです。

その夜、ファンさんは、生ビールを飲める店に連れて行ってくれました。
平壌で、生ビールが飲めるのは、一か所だけ。
今度は僕が、ディズニーランドに連れて行ってあげたいな・・・
僕は、来た時あんなに怖がっていたのに、もう少し一緒にいたいな、と思うようになっていたのでした。

 ホテルに戻ると、「ARGENTINA」と書かれたスウェットたちの、大騒ぎが待っていました。この時平壌では、国際テコンドー大会が行われており、ホテルは選手宿舎にもなっていたのです。部屋の中ですればいいのに、でかいCDラジカセを客室廊下に持ち出して、深夜にも関わらず大音量。エレベーターの中ではベロチューどころではないみだらな行為。そして、酔っ払って警備の兵士にからむ者。
しかし北の兵士やホテルのスタッフは、器物破損でもしない限り、外国からの客は丁寧にとの指示を受けているのでしょう。ホテルから出ようとする選手を制止する以外は(北の国ではガイドと一緒でないと外には出れないのです)、ただ静かに見守るのみでした.

北の兵士は、どう思って見ているのだろう・・・

自由主義の国から来た自由すぎる選手たちと、規律高くたたずむ北の人たち。

どちらが正しいということではないですが、この瞬間だけ見ると・・・。
最後の夜、別の切ない気持も、つのるのでした。

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