リレーコラムについて

バスストップ

田中真輝

バス停にて。
バスを待っているらしい女。
見るからにイライラしている。
そこへ男がやってくる。

女「おっそいなあ!どんだけまたすねん!もう!」
男「来ませんか?バス」
女「ぜんぜんこーへん!わたしはねえ、
  この世で待たされるんが一番嫌いなんや!
  って、あんた誰よ」
男「誰って…山田ですけど」
女「山田なによ」
男「山田たけしです」
女「えー!!びっくりするほど驚きのない名前やな」
男「びっくりしてますやん」
女「ほんまやな。あははははは!」

男「どこまで行くんですか」
女「そら…終点までや」
男「ふーん」
女「あんたは」
男「僕も、終点まで」
女「奇遇やな」
男「ええ」

女「奇遇やから、おにぎりたべ」
男「はあ?」
女「なんかわたしおにぎり食べたなってん。
  あんたも食べたいやろ」
男「いやあ」
女「まあ、ええやん、食べ」

女「せやけど、不思議やなあ」
男「何がですか」
女「わたし、どうやってここまできたんか、
  どうしても思い出せへんねん」
男「それが普通です」
女「え?」
男「まあ、いいじゃないですか、もうバスくるし」
女「ふーん」

男「覚えてること、なんかないんですか」
女「そうやなあ…。うたまろ」
男「うたまろ」
女「スナック、うたまろ」
男「どんなスナックや」
女「そこで働いてるねん、わたし。今度おいでや」
男「はあ」
女「絶対、こーへんやろ」
男「いきますいきます。…他に覚えてることないんですか」

女「あ、思い出した。寂しかってん。わたし」
男「…」
女「知らん街に一人で出て来て、最初はよかってん。
  元気だけは人一倍あるからな。なんでも一生懸命、
  がむしゃらにやってきた。せやけどな、
  ふと気がついたら、なんかな、ものすごく、一人やねん。
  わたしは歯車やねん。すごいスピードでまわってる。
  でも、どこともつながってないねん。他の、どんな歯車とも、
  接してないねん。わかる?
  ぐるぐるぐるぐる、一人で回る歯車やねん」

男「…歯車は、一人では回れませんよ」
女「え?」
男「何とも接せずに回れる歯車なんか、ありえないですよ」
女「…」
男「自分では、気がつかへんだけで、
  ほんまはどっかで、他の歯車と接してるんですよ。
  せやから、回るんです。ぐるぐるぐるぐる。
  それは、誰かがあなたに接してる証拠なんちゃいますか」
女「…あんた、わりにええこというな」

女「あんたは?」
男「は?」
女「あんたはなんでここにきたん?」
男「僕はええやないですか」
女「覚えてないんやろ、えらそうにいうて」
男「覚えてます!」
女「そしたら、言うてみーや」
男「…僕は…疲れたんです。まわりの人たちにあわせるん、
 もう疲れたんです。僕の意見なんか、誰も聞いてくれへんし。
 そやからいうて、自分の意見主張しようとすると、
 うっとおしがられるし。もうなにもいわんとこ、思って。
 そしたら、なんかどんどん自分の存在感みたいなもんが
 うすーくなってきて。起きて、呼吸して、ご飯食べて、
 寝て、してるんですけど、なんか世の中と関係してる感じが
 しないっていうか、これ、生きてるっていうんかなって…。
 まあ、そんなこんなで、何回かここ、来た事あるんですけどね。
 あれ、もしかして、寝てます?」
女「うん?ああ…あ!寝てない寝てない!」
男「いや絶対寝てたでしょ今」
女「寝てないって!…せやけどあれやな、あんたは、
 あれや、つるつるやねんな」
男「つるつる?」
女「わたしが一人で回ってる歯車やったら、あんたは摩耗して
 つるつるの歯車や。世の中とかみあわへんねん」
男「ははは、うまいこと言いますね」

女「なあ」
男「はい」
女「うちら、死んだんやろ」
男「…」
女「なんか思い出してきたわ」
男「まあ、まだ途中なんですけどね」
女「意外と、死ぬのって時間かかるんやな」
男「時間の流れが違うんです、僕は前にもきたことあるから」
女「もう、さっさとバスこーへんかな」
男「おそいですね」
女「せやけど、不思議やとおもわへん?だって、
 このバスのって終点までいったらどうなってるか、
 誰もしらんねんで。せやのに、行くの嫌や!嫌や!っていうやろ。
 それおかしない?」
男「まあ、考え方ですね」
女「行ってみたら、素晴らしいところかもしれへんやんか!」
男「そうですね」

女「せやけど、あれやな。あんたとしゃべってたら、バス
 こーへんのやったら、こーへんでもええのにって思ってきたな」
男「ほんまですか…実は、僕もです」

女「そしたらさあ、一曲だけ歌いに戻らへん?うちのスナック、
  最新のDAM入ってんねん!一曲だけ歌いに戻って、それから
  どうするか考えへん?」
男「あ、ちょっといいですね。せやけど戻った時は、大体ここ来たこと
 忘れてしまうんですよね」
女「そうか。せやけど、もしかしたら、覚えてるかもしれへんやろ」
男「…もしかしたらね」
女「そしたら、歌いにおいでや!スナックうたまろ。絶対やで!」
男「覚えてたらね」
女「絶対、会いにおいでや!早よおいでや!わたしはなあ、
 この世で待たされるんが、一番嫌いやねん!」

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