2009
方南町の一軒家には2つの入口があった。
1つは大家さんの自宅としての玄関。
もう1つが私たちの働く、元美容室だったころの名残があるガラス張りの10畳ほどのスペースへの入口だった。
でもその入口は勝手口にしか見えず、大家さんのポストへ郵便物が届いてしまう。
もっと困ったのは、大家さんの表札を見て宛先を間違えていると判断して郵便局の人が持ち帰り、送り主へ送り返されてしまうことだった。
「原さん、何か名前付けませんか?」
大久保に相談されたのは、オフィスシェアが始まって7〜8ヶ月経ったあたりだっただろうか。
名前を付けるというのは、集団として見られるということだ。
誰かが注目されれば集団として売り出せる。
でも誰かが失敗すれば集団としての失敗となる。
ある意味、フリーではなくなるという大きな決断が、ただ郵便物が届かないという理由だけで行われていいものか。
でも、これもまたタイミングだと思った。
名前をプレゼンした。
10案ちょいくらいあったと思う。
たいした数ではないが、メンバーは大喜びだった。
僕らはシカクとなった。
異なる4つの点として活動するより、1つの面としての強さを持ちたい。
そんな意味を込めた。
クライアントの、世の中の、見えていない死角を照らし出す。
モーショングラフィックとコピーライターという視覚に訴える仕事。
ある時には刺客となって送り込まれる。
そんな偉そうなことができているかは、今もわからない。
だが何より、ちゃんと郵便物は届くようになった。
方南町には、かの赤い手ぬぐいをマフラーにした歌の舞台となったアパートがあった。
別案の中には「神田川」というネーミングもあった。
シカクにしてよかった。
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