距離と時間
僕には2人の娘がいる。
長女は16歳、次女は13歳。
しかし今、長女は家にいない。
「私、外国行きたいなぁ」
彼女が留学を口にしたのは、
確か小学校6年生のときだったと思う。
「それはいいね!大学生まではまだまだだけど(笑)」
「できたら早く…高校くらいから行きたいの」
「へぇ、そうなんだ。でも英語大丈夫?」
正直、驚いた。そして感心もした。半信半疑でもあった。
「中学生になったら、やっぱり日本の高校へ行くってなるさ」
妻ともそんな会話をした記憶がある。
あれから3年。中学校へ上がり、
進路指導が始まる時期になってもその決意は変わらなかった。
2015年4月24日、成田国際空港。家族全員で見送りに行った。
オーストラリア行きの出国ゲートに消える長女の姿。
今にも泣きだしそうな妻と次女。
「ちょっとあっち、行ってくるわ」
僕は一人喫煙所に向かい、煙草3本を灰にしてメールを書いた。
>1999年7月にあなたは生まれ、
>良く飲み、食べ、泣き、笑い、健やかに育ち、
>2002年には姉になり、幼稚園では良く遊び、歌い、
>大阪から横浜に引っ越して小学生になりました。
>妹と共に、新体操とテニスを習い、自分の部屋を持ち、
>アリスが家族の一員となりました。
>中学では、海外での学びを夢見て英会話教室に通い、
>目標だった英検もパスし、
>春の穏やかな日差しの中で涙の卒業式を迎え、
>2015年4月24日の今日この日、
>いよいよ3年間の留学へと旅立ちます。
>明日から始まる新しい一歩、
>きっと向こうでは
>素晴らしい高校生活が待っていることでしょう。
>思い切り楽しんで来てください。
>朝起きれば、4人と1匹。
>家に帰れば、4人と1匹。
>今日でそんな当たり前の日常が終わるのは寂しいですが、
>篠原家一同、あなたを全力でずっと応援して行きます。
>来年の夏にはみんなで
>オーストラリア旅行に行きたいと思うので、
>その時はガイド、よろしく頼みますね。
>では体には十分気をつけて。
>いってらっしゃい!!
送信ボタンを押すとき、
iPhoneを持つ手がちょっと震えてた気がする。
日本からオーストラリアまでの距離、約7800km。
これは、とてつもなく遠い。
日本とオーストラリアの時差、約30分。
これは、とても近い。
朝、ちゃんと起きたかな?お昼は、さて何を食べている?…
なんてリアルに想像できるし、
何というか“同じ時”を生きている感覚がある。
物理的には離れていても、心理的には離れていないのだ。
長女が日本を発ってもうすぐ5カ月。
毎週末、たいていは家族4人で団らんを楽しんでいる。
その週の出来事を思い思いに語り合っている。
僕はウィスキーを飲みながら。次女はスマホをいじりながら。
妻はトイプードルのアリスを抱きながら。
一人だけ、PCの中からだけど。