リレーコラムについて

大阪で生まれた男

篠原茂

重いスーツケースをがらがらと引きながら、
JR大阪駅で環状線から京都線に乗り換えた。
ドア横に荷物を置き、そのまま一人離れて外を眺めてみる。
ガラス越しには、9年前とさほど変わらぬ大阪の街並みが、
枕木の音に合わせてゆっくりと流れはじめた。

2015年の3月の最終週、
僕らは3日間の大阪旅行に出かけた。
家族4人でこの街を訪れるのは、
東京に転勤になって初めてのことである。
長女が中学を卒業し、
海外で高校生活を送ることが決まってすぐ、
僕からこの旅を提案した。
表向きのメインイベントはUSJツアー。
大人気のハリーポッターに、進撃の巨人もやっている。
大阪時代は結局一度も行けなかった、というのもあるし。
でも僕的なメインは、8年間暮らした千里丘に行くことだった。
子どもたちを、生まれ育った町にもう一度連れて行く。
それが真の目的だった。

吹田を過ぎ、岸部を出た列車は、
静かに千里丘の駅に到着した。
「懐かしいー」「変わらないね」
妻と長女は嬌声を上げる。
「あんまり覚えてないかも…」
当時3歳だった次女だけは、やや面倒くさげだ。
2階の改札を出て左に折れる。
先にはよく買いに行ったスーパーが見える。
長い階段を降りると、サカグチさんが待っていてくれた。
「久しぶりやねぇ。とりあえず荷物をウチに置いて、ね」

サカグチさん宅に荷物を置かせてもらった僕らは、
まず、井於神社に向かった。
長女が1日で自転車のコマ(補助輪)を取ったのも、
次女が夢中になってBB弾を拾い集めたのもここだった。
境内を抜け、短い坂道を降りる。
目の前にはアパートやマンションに囲まれた小ぶりな田んぼ。
視線を左に向けると、
懐かしの“我が家”が目に飛び込んでくる。
茶色の4階建。その3階の真ん中あたり。
そこにかつて僕らはいた。
『ただいま』
結婚して夫になり、2人の子どもの父親となった場所。
つまり、自分が大人の男になれた場所、
今ある自分が生まれた場所。
最初に「来よう」と言い出したときから、
うすうすは気づいていた。
そう、この場所に僕が一番連れて行きたかったのは、
僕自身だったのだ。

子どもたちが、枯れた田んぼの中を歩いている。
まだ小さかったあの頃と同じように、
2人並んで笑いながら歩いている。
僕は、今と昔のその情景を、目を細めて同時に眺めている。

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3936 2015.09.10 美しき幻
3935 2015.09.09 大阪で生まれた男
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