リレーコラムについて

昼間の魚市場に新しい価値を見いだすように。

並河進

先日、富山で開かれたある講演会に、スピーカーとして呼ばれたのだが、講演の会場が、なんと、魚市場だった。

「魚市場は、朝しか使わないから、昼間空いているんですよ」と主催者の方が教えてくれた。

面白いなあ。

昼間の空いている魚市場を使って、アイデアの競市を開いてみたい。
素敵なアイデアやおかしなアイデアが売りに出され、その場で買える競市だ。

昼間の使われていない魚市場も、
使い方によっては、新しい価値を生み出す。

これは、「場所」の話だけど、「モノ」でも「人」でも「こと」でも同じこと。

ある何かに、新しい価値を見いだす、という発想だ。

「自分がやりたいこと」を実現しようと思って動き回っている中で、壁にぶつかったとき、いつも、この発想が、突破のきっかけになっていることに最近気づいた。

農家の方に、「食べたいんで、トマトをください」と言ったら、「では、代金を支払ってください」となるだろう。
でも、「トマトの赤を使った新しい塗料の開発をしたい。そして、この赤は、あなたの畑のトマトにしか出せない色なんです」とお願いすれば、もしかしたら、事業パートナーとして、トマト1000個を提供してくれるかもしれない。

こうした発想は、魚市場や、農作物だけでなく、企業やブランドについても同じ。

自分がかたちにしたいプロジェクトがあって、ある企業に協力してほしいと思ったら、「協力してください」と言うだけじゃなくて、「御社の事業や商品に、こういう新しい価値を生み出す可能性があるプロジェクトなんです」と説明するべきだ。

もちろん、それは、こちらの勝手な言い分で、見当違いの場合も多い。
こればっかりは場数を踏むしかない。運やタイミングもある。

勘違いしちゃいけないのは、自分のプロジェクトに協力してもらえなかったときの理由だ。
「頭のかたい人たちには理解してもらえない」とか、「担当者は共感してくれたのに、大企業だとなかなか上を通せないんだな」とか、そういう勘違いはしちゃいけない。(自分もこんな思考回路に陥ってしまって、うまくいかなかった時期があったのです)

「情熱があるから」とか、「社会のためだから」とか、そういうことがあれば、協力してくれるはず、というのも傲慢だ。(あ、これも自省の念を込めて書いています)

その企業がそのプロジェクトに協力することで得られる、新しい価値を、自分は設計できなかった、伝えられなかった、ただそれだけなのだ。

「協力してほしい」という言葉と情熱だけで、仲間内の親しい人間が協力してくれるのは、「あなたといっしょに何かをする」ということ自体に「価値」を見いだしてくれているからだ。それは宝物のようにありがたいものだけど、長く続けるなら、それだけじゃ足りない。
そのプロジェクトが、参加するメンバーにとって、どういう「新しい価値」をもたらすかも考え抜いて設計していかなくちゃいけない。

誰かに手伝ってほしいなら、まず、その人に与えられる「わくわくするもの」を頭から火が出るぐらい必死で考え抜いて、伝えなくちゃいけない。

ところで、コピーライターという職業にとって、新しい価値はなんなんだろう、ということを、昔からよく考えます。

コピーライティングのスキルって、広告のコピーを書くためだけに使っておくのはもったいない、と思いませんか?

昔、そう考えて、ラブレターの書き方のマニュアル本を書いたことがありました。
コピーライティングのスキルを、ラブレターライティングに活かせないか、と。

でも、「ラブレターの書き方をアドバイスしてほしい」という依頼は、結局、一件も来なかったなあ。

自分のやりたいことをかたちにしていく方法、明日も書きます。

並河進

NO
年月日
名前
5805 2024.11.22 中川英明 エキセントリック師匠
5804 2024.11.21 中川英明 いいんですか、やなせ先生
5803 2024.11.20 中川英明 わたしのオムツを替えないで
5802 2024.11.19 中川英明 ドンセンパンチの破壊力
5801 2024.11.18 中川英明 育児フォリ・ア・ドゥ
  • 年  月から   年  月まで