リレーコラムについて

ほら、体のほうは正直だ。

佐藤舞葉

こんにちは。電通の佐藤舞葉です。
今日、次の方に引き継ぎのお願いのメールをしたところ、
「舞葉ちゃんのコラム下ネタ満載だろうから、 そのあとやりづらいなー。
まー、でもぼくでよければ~。」
と快諾してくださりほっとしてます。(Kさん、勝手にメール載せてすみません)
下ネタは載せる予定なかったんですが…。
代わりに会社で強制的に書かされた懸賞論文を載せます。
夜も寝ないで昼間寝て書いたのですが、
箸にも棒にもひっかからなかったので、
せっかくなので(もったいない精神)こちらに掲載し
成仏させようかと思います。
ひょっとしたら、リレーコラム最長のコラムになってしまうかもしれません。
最後まで読んだ人、いたら友達になってください。

第44回 懸賞論文募集「論文の部」
サブタイトル
『ほら、体のほうは正直だ。―身体的データがもたらす広告ビジネスの可能性―』

要約
これまでマーケティングの調査方法といえば、グループインタビューやアンケートなど消費者が考えたことや感じたこと消費者自身の力で「言語化」し数値化するものであった。しかし、この方法では消費者の顕在化していない「潜在的な意識」を抽出することはできず、リアルなインサイトにたどりつくのに誤差が大きかったり、恣意的な判断がなされたりと満足のいくものではなかった。これからの時代をつくるマーケティングは、あらかじめ「言語化」された情報を数値化するのではなく、テクノロジーの力を使って人の「無意識の意識」を抽出することが重要である。そのひとつに身体反応や五感から得られる「身体的データ」を使って人間の本質的欲求を探る方法がある。本論文では、広告ビジネスの新しい武器として「身体的データ」の活用の可能性について述べる。
本論文は、大きく四つのパラグラフからなる。
第一章では、現在マーケティング調査の現場で主流になっている「アンケート」「グループインタビュー」といった消費者自身の力で評価させる「言語化データ」の問題点を述べる。
第二章では、「言語化データ」に代わる新しい定量データの可能性を示すために、現在世の中でひろく知れ渡っている「非言語なものさし」に着目し成功した例を紹介する。
第三章では、広告マーケティングの世界において、「身体的データ」を抽出・活用するために現在どのようなテクノロジーが存在し、どのように使われているか、何が可能になっていくかを述べる。
第四章では、特にクリエーティブの観点から「身体的データ」を活用した未来について予見と提案を行う。

サブタイトル「ほら、体のほうは正直だ。―身体的データがもたらす広告ビジネスの可能性―」

1.消費者任せの「言語化データ」の弊害と課題
【頭でっかちなマーケティングは無意味】
「アメリカで、おもしろい実験があります。スーパーマーケットで大きいカートいっぱいにまとめ買いをするのがアメリカでは当たり前ですが、買い物客がレジに並ぶ前に、調査員が呼び止めるんですね。そこで調査員が聞く話というのは実はどうでもよくて、もう1人の調査員が、例えばその買い物客が「エビアン」を買っていたら、それをこっそり「ボルヴィック」にすり替えるのです。そして、レジで精算が済んで出てきたところにもう1人の調査員がいて、「あなたはボルヴィックを買いましたが、その理由は何ですか」と聞くのです。すると7、8割の人が、「これ、おいしいんだよ」「美容にいいから」「家内が好きだから」と、ボルヴィックを買った理由を当然のように答えたというのです」1)

これはマーケティング会社インサイト社長の桶谷功がWEBインタビューで語っていた話だ。消費者インサイトやマーケットを知る上で調査は欠かせない。しかし、元来のいわゆるグループインタビューやアンケートといったものにどれほどの意味があるのか、ということは少し前から問われてきている。
こんなことはなぜ起こるのだろう。原因はいろいろあると思う。2014年話題になった書籍『嫌われる勇気』で再び脚光をあびている天才哲学者、アドラーによると、ひとは理由があるから行動するのではなく、自分が行動したい目的が先にあり、その後でそうするための理由を「後付け」で考えるという2)。アドラーの仮説が真だとすれば、現状の調査というのは全くの逆の道をたどっている。
グループインタビューやアンケートでは、おのずと「好きな理由」がつけやすいものが調査上では人気になっていく。あるいは、否定しにくいもの。例えばボランティアなど絶対善のものに対して、「私はやりたくない」とは言いにくい。そもそも、言語化できない「もやもや」や「違和感」を言語化・数値化するのが広告屋の仕事である。それをお客さんに任せているのだから、うまくいくわけがない。
ではこのような調査方法が下火になっているかというと、そんなことはない。筆者はコピーライターという職種に属しており、CMやパッケージなどアウトプットについての調査でマーケティングに触れることが多いのだが、少なくとも入社以来、このような調査方法でしか「調査データ」というものにお目にかかったことがない。なぜなのか。それは、グループインタビューやアンケートのような既存の調査方法による定量・定性的データより有効な「客観的データ」が今のところないように思われているからである。
結局のところ、マーケティングというのはマーケッター個人としての「勘」や「体験」による「仮説」というのがかなり重要な要素である。データで顕在化していないところから何を読み取るかがマーケッターの素質や個性を決めるといっていい。しかし、よっぽどのスターマーケッターか権力者でないかぎり個人の独断でものごとを決めることは難しいのが現状だ。調査とは、方向性を決めるばかりではなく、その方向が正しいことを客観的に確認したり、プロモーションを円滑に進めるためにチームを納得させる材料を探して行うことも多いのだ。
本論文は、そのような背景も顧み、現状の「消費者自らの手で言語化や数値化するデータ(これを本論文では『言語化データ』と呼ぶ)」にかわる「新しい定量データ」の可能性を示唆し、戦略立案のための新しい武器を手にしようという提唱である。
【人間は嘘をつく。人体は嘘をつかない。】
患者は嘘をつくけど、症状は嘘をつかない。そういったことを医者は言う。「アルコールは一切やめました」と言う患者に施したアルコール検知器のメーターが振り切っている。そのとき、医師としてどちらの情報を信用すべきかは自明である。だから医者は患者の言うことを全て鵜呑みにしたりはしない。これは、マーケティングの世界でも言えることだ。ただし、被験者が意図的に嘘をつくという意味ではない。調査においては被験者も気づかないうちに答えをねつ造していることがある。「この広告は好きですか?その理由は?」なんて聞かれたときに、うまく言語化できるひとはいないのだ。「はい。好きです。タレントが好きだから」「嫌いです。音楽がうるさいから」という回答が得られるのは、答えやすい理由を探して答えているにすぎない。筆者も、就活の面接のとき「好きな音楽は?」と聞かれて、本当に好きな音楽ではなく「好きな理由を説明しやすい」音楽を答えていた。
本来であれば、マーケティングに携わる者としてはそのような前提を理解したうえで、あらかじめバイアスを考慮して調査設計すべきである。しかし、実際には、前提条件が緩い調査の結果で、CM表現がやすやすと変わっていくという状況はたびたび起きている。この道20年のクリエーティブ・ディレクターの勘や経験よりも、ただ一人の消費者の「コメント」を信用するということすらある。もちろんそれで良い表現(売れる広告)ができるなら万々歳なのだが、現実はそうではない。筆者自身、広告表現の現場にいて幾度となくそういった場面に遭遇しており、非常に問題意識を感じている。
そこで、もう一度、冒頭の医者の言葉を思い出してみる。患者は嘘をつくけど、症状は嘘をつかない。アンケート調査やグループインタビューは客観的に見えて非常に恣意的で、主観的である。言語化するのが難しいもやっとした感情をむりやりデータにすげかえてそこから立脚した表現をつくるのではなくて、もっと客観的な事象を武器にできないだろうか。例えば、笑う・眉間にしわをよせるなどの表情から読み取るデータや、視る・触る・嗅ぐといった五感の反応から検出されるデータなどの「身体的データ」、すなわち、消費者自身が言語化する前の「非言語なデータ」から広告を評価することができたなら、少なくとも私は、もう少しデータというものを信用してもいいかな、という気持ちになるのである。

2. 「非言語な評価軸」に注目してみる
【新しいお笑い審査軸を生みだしたクイズ イロモネア】
消費者に語らせるべきではなく、違う軸で評価させてみるということ。
それは言いかえれば新たな「非言語なものさし」を獲得しよう、ということだ。その視点で世の中を見ていると、広告コミュニケーション以外では、非言語なものさしを獲得したことによって成功をおさめた事例がいくつかあることを発見できる。その中のひとつとして、バラエティ番組「イロモネア」を紹介したいと思う。
ウッチャンナンチャンのイロモネアという番組をご覧になったことがあるだろうか。挑戦する芸人が観客席からランダムに選ばれた5人を、1分の持ち時間内に規定ジャンルに従ったネタで3人ないし5人笑わせるというチャレンジを5回行う。すべて成功すれば100万円が授与されるというものだ。
番組スタッフが最も頭を悩ませたのがクリアの基準であるという。結果的には、観客から無作為に選ばれた5人を審査員とするというスタイルが考え出されたのだが3)、ここで我々がもっとも注目すべきは、「笑っているか、いないか」の判定基準を「表情」にしたという点である。
M-1など多くのお笑い賞レースにおいて審査基準となっているのは得点やいいね!ボタンのようなものである。「笑ったこと」そのものを数値化するのではないから、自ずと「笑う→評価する」というステップが入ってくる。いわば、「2次評価」だ。だから、お客さんが審査員だったら「そんなに面白くないけど好きだから投票する」といったことや、プロが審査員だった場合「そんなに笑えなかったけど、今後期待がもてそうだから加点する」といったようなことが起こってしまう。
その問題点をクリアし、「芸人の知名度」や「好感度」などのバイアスを排して、純粋に「面白い」という評価を抽出することに成功したのが「イロモネア」だったのである。企画者がそこまで意図していたのかはわからないが、革新的な審査方法を獲得したこの番組は、結果的に人気番組となり、今でも特番としてお茶の間を賑わしている。
【シェアするのと、感動するのは違う。】
「評価する」というのは、必ず自分がどう見られたいか、どう考える人間でありたいか、というバイアスがかかってくる。典型的なのがfacebookのシェアである。いわゆる「いい話系」のストーリーはfacebookでシェアされやすいというのは有名な話だ。みんないい人に見られたいからだ。シェアやいいね!(=評価)は感動や本音とは全く別物なのだということをわかりやすく示している。だから人が表現に触れたときに、「2次評価」する前の本質的感動や感情の揺さぶりを知る術として、「非言語データ」が重要なのである。どういう表情をしているか、瞳孔は開いているか、視線はどこに向いていたか、脳のどこの部分が反応しているか、シズル表現だったら唾液はでているか―それらの身体の信号に着目したデータを抽出することは、心の「1次評価」を数値化することにつながる。
【非言語コミュニケーションに注目・LINE成功の理由】 
いかに自分の感情を正確に「言語化」することが難しいか、そして「非言語」の領域がいかに重要であるか。そこに着目して成功を収めたものがいる。LINEだ。
LINEがなぜ成功したのか。理由のひとつにスタンプがあげられる。
正直、私もLINEを使うまでなぜこれほどまでにLINEが流行っているのか全くわからなかった。というのも、スタンプ以外の機能はfacebookのメッセージやショートメールとほぼ変わりがなかったからだ。「なぜLINEだけが流行っているのか?昔からあったじゃないか」しかし、その疑問は使い始めてすぐに氷解した。スタンプを用いることでコミュニケーションが飛躍的に楽になったのだ。正直に告白しよう。私の職業はコピーライターだが、「ここ、なんて言ったらいいのかなぁ」と適切な表現が思いつかず悩むことが一日で数え切れないくらいある。face to faceの日常会話であれば表情から読み取れるが、メールでは活字以上のものは伝わらない。そのメールに「表情」という非言語な要素を付加したのがLINEなのである。LINEが世界中で使用されていることについて、LINE取締役・田端信太郎氏の著書にて「非言語を取り入れることで、言語の壁を飛び越えることができた」4)と語られているが、日本人同士のコミュニケーションでも、自分の感情を正しく言語化するのはコピーライターですら難しいのだ(と言うと、ただの開き直りだと言われるかもしれないが…)。LINEが流行るのは自明のことだったのである。

3.身体的データを活用する未来は、もうそこに来ている。
【視線のデータ:アイトラッキングの有用性】
調査を設計する上で、非言語な評価軸の重要性は理解していただけたと思う。とはいえそうは言っても実際のビジネスシーンで「このCMはみんなが笑っていたので良いCMです、じゃ商売にならない」と言いたくなるだろう。安心してほしい。人間の身体反応による非言語データを定量的にとりだせる時代はもう訪れている。以下にテクノロジーの例のひとつとして「アイトラッキング」を紹介する。
日本ではまだメジャーではないかもしれないが、世界ではアイトラッカーを使った非言語の調査が徐々に定番化しつつある。アイトラッカー(図1)とは、人の視線を計測する計器のことで、それを使うことで、人が何を見ているのか、何に注目しているのか、人の視線の流れはどうなっているのかなどを把握することができるものだ。アイトラッカーを提供している会社のひとつに、トビー・テクノロジー社(Tobii Technology )がある。「人々が、どこを、何を、どのように見ているのか」を、アイトラッキングを利用して調査する会社だ。広告分野では、人が店頭の棚のどの部分に注目しているかなどで活用されてきたが、従来では考えられなかった調査結果を導きだしており、実に興味深い。
■調査例その1 30年以上信じられてきた業界の常識を打ち破った自動販売機の配置
ある清涼飲料メーカーでは缶コーヒーの大幅なリニューアルに伴い、アイトラッキングを使って、自動販売機で飲み物を購入するときお客がどのような眼の動きをするかを調査した。その結果は誰もが驚くものであった。「左上が一番目立つ」という業界の常識を打ち破り、最も注目度の高い場所は自販機の3段目に位置する下の部分だということが判明した。そこで、13年春から全ての缶コーヒーを下段に設置させたところ、広告との相乗効果もあり、売上が数十%増えるという効果があった。
■調査例その2 某ファーストフード店からメニュー表が消えた理由
有名フランチャイズ店から手元のメニューが消えた時期があった。「メニュー表をなくすことで、看板メニューだけを頼ませる店の作戦」というのがネット上の解釈であったが、実際の理由は少し違っていた。アイトラッキングの調査により、消費者がほとんど手元のメニュー表を見ていないことが判明。このことからコスト削減(メニューは毎週刷新されていた。メニュー表をなくすことは印刷コストなどを削減することが期待できた。)のためにメニュー表をなくしたというのがひとつの真実であった。
■調査例その3 購入比率が30%あがったWEBサイトの設計
某大手航空会社がインターネット予約サービスのサイト設計を変更した結果、検索から購入にいたるまでの比率が30%まで上昇した。サービスを活用している消費者がどの段階でつまずいているかをアイトラッキング調査によって検証したからだ。大きく離れて表示されていた「価格」と「スケジュール」の間で視線が大きく揺れ動いていることがわかり、レイアウトを変更した結果、スムーズに購入にたどりつくことができるようになったのである。5)

図1アイトラッカーを用いて、視線データを計測できる6)。
(ここには、実際には一番下に掲出している画像が入ってました)

【脳のデータ・ニューロマーケティング】
さて、身体的データを既にさまざまな形で活用している例としてアイトラッキングを紹介した。次に、まだ発展途上のテクノロジーではあるが、今後の活用が期待されているテクノロジーとして「ニューロマーケティング」を紹介したいと思う。
j-marketingの説明によると、ニューロマーケティングとは、脳科学の立場から消費者の脳の反応を計測することで消費者心理や行動の仕組みを解明し、マーケティングに応用しようとする試みである7)。
マーケティング分野における具体的な成果をひとつ紹介する。

2009年、北京中心部にて某メーカーの高級一眼レフカメラのテレビCMについて、脳波計測機器を使用した調査が行われた。
CMの前半では、神秘的な深海の映像や、サバンナを疾走する猛獣、トップアスリートが駆け抜ける映像などが流れ、レンズに見立てたテレビ画面がシャッターを切る。そして後半では有名タレントが視聴者を狙い、美しい夕焼けと商品ロゴのカットでエンディングを迎える。
CMの視聴後に実施したアンケートでは、気に入ったシーンとして「有名タレントの登場」を挙げる者が多く、その中でも「ニコパチ」と呼ばれるエンドカットが最も印象づけられたかのように思われた。しかし、回収された脳波を解析したところ、その反応は必ずしもこの仮説を裏付けるものではなかった。脳波から見る脳の賦活は、序盤の深海のシーンから急激に高まり、その後右肩上がりで上昇、商品説明のシーンでピークを迎え、なんと後半のタレント登場とともに下降をはじめたのである。
その後、脳波の詳細な分析によって、対象者の脳が前半のシーンで活性化した理由は、一連のシーンによって自分がカメラマンとしてファインダーを覗いているような疑似体験ができたためとの仮説が浮上した。タレントの出現により脳の反応が沈静化したのは、タレントがこちらにレンズを向けた瞬間、自分がカメラマンではなく、単なる被写体の一つにさせられてしまったからである8)。

このように、強い感情というのはアンケートのような合意的な説明を求められる場では顕在化しづらく、結果「タレント登場」といった合理的なポイントが表にでてきてしまう。
 リサーチシステム会社「GFL」CEOの田邊学司によると、全ての情報がつまった「優等生」的CMはかえって脳を萎えさせてしまうという。商品名もしっかり伝わり、商品特徴の説明も適切に行われ、好きなタレントが登場し、商品を紹介し、価格やキャンペーン情報を余すことなく15秒に入れ込まれている申し分のないCMは、脳は「推測する余地も、考える余白もなし」として、特段エネルギーを使って賦活する必要はなしと判断される。広告やメッセージが不完全な情報であるほど、推測したり模倣したり、共感できるチャンスがあれば脳は動き出すのである8)。
脳科学を利用したマーケティングは、倫理的問題や研究成果が充分でないなどの問題が残されているが、人間の本音を正しく導き出してくれるツールとして今後期待がもてることは間違いない。
【apple watchとgoogle glass・ウェアラブルデバイスがつくる未来マーケティング】
apple社はスマートウォッチapple watchを2015年に発売すると発表した。スマホと比較しての優位性は「いつでもどこでも」帯同できること。google glass をはじめとするウェアラブルテクノロジーの意味するところは一般に「身体性の拡張」と言われている。しかし、別の角度から捉えれば、それらは「無意識の意識」を顕在化するのに最適なツールだと解釈できるのではないだろうか。apple watchを活用することで、日常的に心拍数など健康データをが容易に蓄積できるだろう。google glassの出現によって、先に述べたアイトラッキング・データの抽出も容易になるかもしれない。現状、apple watchなどから得られる身体的な非言語データは、ユーザー自身の健康管理などの文脈で捉えられているが、実はマーケティングデータとして全く新しい価値を持っている。ある対象に対して心拍数が跳ねたものをストックしていくなど、人間の感情の分析を容易にしてくれるのである。

4.身体的データによって、広告コミュニケーションはどう変わっていくか。
【ビッグデータと身体的データ・非言語データがこれからのマーケティングの鍵を握る】
これまで述べてきたように、テクノロジーの進化は、マーケティングの手法を変化させてきた。最近の最たる例がビッグデータだ。人々の行動を全てデータ化する。行動というのは「結果」だから、これもある種の「非言語な評価軸」である。ビッグデータは現状、その膨大さゆえデータとしての価値を最大限生かし切れていない印象があるが、今後はテクノロジーの発展とともにさらに有効活用されていくだろう。一方、本論文のテーマである「身体的データ」というのは「人間の体」というもっともミニマムな要素から得られるデータだ。「身体的データ」と「ビッグデータ」で共通していることは、どちらも真に「生のデータ」であるということである。違和感を言語化することを、素人に任せてはいけない。イロモネアの項でも述べたように、データを集積する際には、意図的にそれを狙っている場合でない限り、なるべく消費者自身の評価が入っていない生のデータに触れることが重要である。生のデータは煮たり焼いたり料理できるが、調理しているものを生に戻すことはできない。だから、我々が触れるデータはなるべく生のデータであるほうがいい。
【身体的データの有効性:クリエーティブの観点から】
冒頭申し上げたように、筆者はコピーライターを生業としている。次の項ではクリエーティブという観点から、非言語データを取り入れることによって広告コミュニケーションがどう変わっていくのか、また、非言語データをどう利用すべきかを述べたいと思う。
■「心動かすもの」がより評価される時代へ
これまで述べてきたように、アンケートやグループディスカッションなどの「言語化データ」は消費者自身の「心の振れ幅」を正確に数値化できるものではなかった。ニューロマーケティングなどの消費者自身の「ホンネ」を数値化できるテクノロジーは、「心を動かすクリエーティブ」をより正確に評価してくれるだろう。今までクリエーティブディレクター個人の勘や経験でしかなかったものを裏付けしてくれる材料ができると期待できる。また、「『シズルの印象度』が弱いのでシズルカットを伸ばす」といったCM編集の現場で日常的に行われているやりとりが、最終的にどれほどそのCMの印象度や購買意欲を上昇させているのかも明らかにしてくれるのではないだろうか。
「マーケティング主体になって、強い表現が少なくなった」そんなことをしばしば耳にする。テクノロジーの進化が、一周まわって、ただ純粋に「強い表現」にチャレンジする後ろ盾になってくれるとしたら、面白いではないか。
■「言語化データ」の正しい使い方で、より「流通する表現」が生み出せる。
それでは、既存の調査方法による言語化データが全く無意味な情報になってくるかというと、必ずしもそうではない。
ニューロマーケティングの項で触れた一眼レフカメラのCMの例で説明しよう。そのCMが仮にそのままOAされたとする。確かに、タレントの出現により共感や期待値は薄れてしまったかもしれない。しかし、そのCMを見て商品が欲しくなった場合、消費者は家族やカメラ店のスタッフに商品についてなんと説明するだろうか?恐らくこう言うだろう。「あの、タレントの○○がでてたやつ」と。
広告コミュニケーションの場では「面白い企画は一行で説明できる」とよく言われる。しかし、エンターテイメント全体でそうかと言うと、必ずしもそうではない。最もわかりやすい例はスポーツだ。例えば、野球のない国の人に対して「守備と攻撃にわかれて球を棒で打つスポーツ」と説明しても面白さを全く理解してもらえないだろう。しかし、現に野球は心を打つスポーツである。
では、こと広告においては何故「一行で説明できる」ことが重要なのか。それは広告コミュニケーションが「流通する」という責務を持っているからである。優れた広告が一行で説明できるものが多いのは、それだけ人の口の端に上りやすく、伝搬しやすいからだ。「流通する」広告をつくるためには「その広告が消費者によってどう表現されるのか」を意識することは重要である。そして、消費者によって導きだされた「言語化データ」という存在は、言いかえれば「消費者自身の手でその広告をどう表現してくれるのか」を意味しているとも捉えられるのである。「言語化データ」はホンネや感動、潜在的なインサイトは教えてくれないが、顕在化している「2次評価」と理解して使うぶんには、データとしての有効性は高まってくると考える。
これからの広告をつくる上で、「身体的データ」を味方に「心を動かす表現」を追求することと同時に、人の口の端に昇る「流通する表現」になるために「言語化データ」を上手に活用することも重要であろう。
「身体的データ」と「言語化データ」を正しく組み合わせて使うことで、より「効く」クリエーティブ表現を生みだすことができるのではないだろうか。
【身体的データで、変わること。変わらないこと。】
本論文では、身体的データという非言語データよって、広告ビジネスがどのように変わっていくか、現場の目線から実践的な活用方法を述べてきた。さらに技術が進化していけば、人間の感情を正しく評価できるシステムによって、現状の広告表現のフレーム(見る、聴く)だけでなく、より五感に訴えるフレーム(見る、聴く、嗅ぐ、触る、味わう、体験する…)へと、広告コミュニケーションのカタチそのものがシフトしていくかもしれない。全く新しい広告コミュニケーションにチャレンジしていく足掛かりになるかもしれないし、あるいは前述したように「ただ面白い表現をつくる」という原点回帰のきっかけになるかもしれない。どちらにしろ、現状まだ実用的ではない技術もあるが、今後、あらゆる広告ビジネスのシーンで重要な要素になることは間違いない。
しかし、この論文では、「身体的データ」が素晴らしいものであり、それを拠り所とすれば全てがうまくいく、と言いたいわけではない。本論文で提唱したいのは、これまで活用されてきた「言語化されたデータから読み取る未来(グループディスカッションやインタビュー調査など)」や最近取り沙汰されている「行動の結果から読み取る未来(ビッグデータなど)」の他に新たに「身体的データから読み取る未来」という武器がある、ということである。言いかえれば、武器をどう利用するか、を考えるのはあなた自身であり、「得られたデータから何を読み取るのか」という視点の持ち方が重要であることは、今までとなんら変わりはない。
「身体的データ」という新たな武器を使いこなしながら、各人のスキルを磨いていく。
そのかけ算こそが、広告ビジネスの新しい未来をつくっていくことに他ならないのだから。

参考文献
読売ISマーケティング情報誌ペリジー,「インサイトを知ればマーケティングもかわる」
(http://www.yomiuri-is.co.jp/perigee/feature13.html),2014.09.29.
2) 岸見一郎,古賀史健,『嫌われる勇気―――自己啓発の源流「アドラー」の教え』(ダイヤモンド社,2014)
3) 佐治良太,「5つのステージで芸人の真価を問う新感覚の大喜利番組」,『日経エンタテインメント』2008年8月号(日経BP社,2008),pp.160
4) 本田哲也,田端信太郎,『広告やメディアで人を動かそうとするのは、もうあきらめなさい。』,(ディスカヴァー・トゥエンティワン,2014)
5) 「目は口ほどにモノを言う お客の『視線』を追いかけろ」,『週刊ダイヤモンド』2014年2月号(ダイヤモンド社,2014),pp.60-61
6) トビー・テクノロジー社,( http://www.tobii.com/ja-JP/eye-tracking-research/japan/),2014.09.29.
7) J-marketing.net,「マーケティング用語講座 ニューロマーケティング」
(http://www.jmrlsi.co.jp/mdb/yougo/my11/my1101.html),2014.09.29.
8) 田邊学司,小野寺健司,三浦俊彦,萩原一平,『なぜ脳は「なんとなく」で買ってしまうのか?-ニューロマーケティングで変わる5つの常識-』(ダイヤモンド社,2013)

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