忘れられない男
さて、ボブ・ウェルチによって
ライブに開眼した私ですが、
外人さんはなかなか日本に来てくれない。
ナマが好きな私は、
ちっともかまってくれない外人さんに愛想を尽かし、
日本人アーチストのライブに通うようになりました。
そして、高校生の頃には
とあるバンドのファンクラブに入るまでに
なったのですが、そのバンドが何かは
とても恥ずかしくて口にできません。
そのバンドを見るために
東京水産大学の学園祭に行ったときのことです。
少し早めに行ってみると
会場である体育館からリハの音が漏れてきました。
ライブの前に漏れてくるリハの音が
私は今も大好きです。
ああ、これからライブだ!
心地よい緊張感に身をゆだねる甘いひととき。
その日も私は友人と体育館の壁にへばりつき
リハの音を聴いていました。
でも、
どうやらそれはあのバンドじゃないみたい。
そう、それは顔も名前も知らない
前座のバンドだったのです。
が、耳を澄ましているうちに私は
ある予感にとらわれていました。
ああ、私はきっとこのバンドが好きになる…。
やがてリハも終わり
開場時間まで間があったので、私たちは
学園祭の展示を見に行くことにしました。
“海苔の生態”だの
“淡水魚のナントカカントカ”だの
教室をテキトウに流していると、向こうから
妙なオーラを放つ男たちが
プラプラ歩いて来るではないですか。
即座にピン!と来ました。
これはさっきのバンドの人たちに違いない!!
と思った瞬間、私はそのなかでも
いちばんオーラキツめの男に駆け寄っていました。
「サ、サインください!」
普通こういうときは“◯◯さんですよね?”とかって
おそるおそる確認したりするもんだと思うけど、
確認のしようもありません。
だって、誰だか知らないんだもん。
しかし、私には確信があった。
絶対この人がボーカルだ!!
その人はニッコリ微笑んで
私の布バックにマジックでさらさら
署名のようなシンプルなサインをすると
「ライブ楽しんでってね」
と言い残し去ってゆきました。まるで
少女漫画の主人公のような華麗な去り際でした。
ライブが始まってみると
前座はたしかにその人たちで
彼らのファンらしき人は
2人くらいしかいなかったけれど、
サインをくれた男は確かにボーカルでした。
その男は氷室京介でした。
1982年か3年のできごとです。
それからBOφWYが日の目を見る寸前まで4年間
私が欠かさず彼らのライブに通っていたことは
今ではあまりにも恥ずかしい過去で
誰にも言うことはできません。