オペロン表記問題
親しい友人にオペロンという男がいる。もちろん本名ではなく、あだ名である。大学三年生のときに出会ったのだが、その時すでに彼はオペロンと呼ばれていた。聞けば、オペロンというあだ名は襲名制らしく、彼で三代目とのことだった。ちなみに先代は所属サークルのOBで、初代は犬らしい。
いかなる理由で初代オペロン(犬)がその名をつけられたかは定かではない。大方、「ペロン」と舌がはみ出ていたとかその程度の理由だと思われる。ちなみに、オペロン(三代目)によるとその名も「オペロン」という細胞があるらしい。しかもその細胞は人体にも存在しているとのこと。彼は酔っぱらうと女子に近づいて「きみの体にもオペロンがいるんだよ」とささやいては、気味悪がられていた。
なんせ、犬に似た先輩に似た男だ。見目麗しいとは言いがたい。ただ、そうは言っても元を辿れば犬に似ていることになるので、可愛らしいとも言えなくはない。見る角度で評価が分かれる絶妙な容姿の持ち主である。
数年前、オペロンを含む何名かの友人と鎌倉観光に行った。朝からいくつも名所を歩き回っていたせいで、日が暮れて帰る頃にはみな疲れ切っていた。オペロンもその例外ではなかった。そして帰りの電車で事件は起きた。
「カタカナ禁止ゲーム」をご存知だろうか。英語など通常カタカナで表記される言葉を口にしてはいけないというゲームである。そのゲームを帰りの電車で行うことになった。コピーライターの威信にかけて、私は負けるわけにはいかなかった。かといって失敗を恐れて黙っていては、コピーライターの栄誉は守れない。私はマシンガン、いや機関銃のようにしゃべりまくり、友人たちのカタカナ発言を引き出しまくっていた。
しばらくすると疲れ果てたオペロンがうとうとしだした。それを見た友人が彼を注意しようとしたその瞬間、慌てて口をつぐんだ。
「おい!オ・・・」
そう、なんと呼びかければいいのか迷ったのだ。オペロンはカタカナ表記なのだろうか。
「おい!オ・・・」
不意に訪れた静寂にかえってオペロンは目を覚ました。そしてすぐに事態を把握し、ニヤリと笑ってこう言った。
「呼びかけてごらん」
ついにオペロン自身がオペロン表記問題に決着をつける時が来たのだ。車両内に緊張が走る。数年もの間うやむやにしてきた、というか誰も考えもしなかったオペロン表記問題。それが今解決するー
友人は息を飲み、そして呼びかけた。
「オペロン」
するとオペロンは大きく仰け反って深く息を吸い、ややしてからぐいっと勢いよく前かがみになり、そして大声でのたまった。
「セーフ!」
みな死ぬほど笑った。オペロンも笑っていた。車両に居合わせたよそのおばさんも笑っていた。「セーフ」と叫んだオペロンはもちろん「アウト」になった。
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