リレーコラムについて

人生で一番、裕次郎な日。

秋田勇人

今から10年以上前。
大学に入りたての僕は、サークル選びに悩んでいた。
バンドサークルに入って
高校の時にやっていたドラムを続けるか。
はたまた、ぜんぜん毛色の違うサークルに飛び込んでみるか。
あれこれ考えを巡らせているときに、
タイミングよくチラシを渡してきたのが
ヨットサークルの人たちだった。
とにかく運動が嫌いで全力でインドア派の僕である。
容姿が鶏ガラみたいだと形容される僕である。
当然スルーしようとしたのだが、ふと魔が差した。

「…待てよ。
 ドラムが叩けてヨットに乗れたら、
 これはすごく裕次郎なんじゃないだろうか。」

自分と昭和の大スター石原裕次郎。
あまりのギャップに惹かれた。
ヨットとドラムという足場からキチンと固めていけば、
僕もいずれ裕次郎のように豪快な銀幕スターになれるのではないか。
鶏ガラは卒業だ。デッカい軍鶏になろう。そう思った。

というわけで、
勧誘されてから1週間ほど後、
僕は葉山でヨットサークルの入部体験に参加していた。
絵の具でぬったような真っ青な空。まぶしい水面。
目に映るすべてが、裕次郎へと続く階段に見える。

集まった入部希望者は、
小舟で沖へ出て、そこから一人ずつ先輩のヨットに
10分ほど乗せてもらう段取りになっていた。
さぁ、いよいよ裕次郎になる時は近い。
僕は心の中でバスローブを羽織り、もみあげを伸ばし、
ブランデーグラスを揺らしていた。
…するとどうだろう。
心のブランデーが脳に回ってきたのだろうか。
僕は急激に気持ち悪くなってきた。

忘れていた。僕は乗り物酔いにめっぽう弱いのだ。
小舟で沖に出るというメチャメチャ酔うシチュエーションに、
耐えられるはずがなかった。

結局、先輩のヨットにも乗らず小舟でダウン。
沖に戻ってからのバーベキューもほとんど食べず、
僕はスゴスゴと帰った。

あの日から、僕と石原裕次郎は、
ただただ離れていくばかりだ。
もし大学一年生の自分に会えるなら、
「どうせ裕次郎は無理だから、
 気象サークルに入って良純サンってのはどう?」
と言ってあげたい。

NO
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