ホヤの先輩
大学時代の先輩に、
生物系の研究室でホヤの研究をしている人がいた。
居酒屋でたまに見る珍味としか思っていなかった僕が、
「あんなん研究してどうなるんですか」と煽ると、
彼は熱っぽく語り出した。
ホヤはすべての脊椎動物の祖先であり、
生物学的にとても重要な生き物とのこと。
だから先輩は来る日も来る日もホヤをさばくという、
居酒屋の大将みたいなことをしながら、
その実、脊椎動物誕生の神秘に
着実に迫っているというのだ。
確かに進化の途上っぽい
曖昧なフォルムはしているが、
ホヤがそんな重要生物だったとは驚きだった。
僕はその話を聞いて以来、
ホヤを食べる時は必ず
遠い祖先として敬意を払っていた。
しかしである。
僕が大学3年生のある日、
ホヤの先輩が遠い目をしながら歩いていた。
話しかけてみると、ぼそりとつぶやくのだ。
「ホヤじゃなかったわ〜…」
なんでも、脊椎動物の祖先は
ナメクジウオというニュルニュルした魚かホヤか、
どちらかだという論争がずっとなされてきたのだが、
結局ナメクジウオだったらしい。
しかもDNA鑑定で揺るぎない証拠が出てしまったため、
反論の余地はなし。
ホヤに人生を賭けてガッツリ研究していた先生をはじめ、
研究室の落胆ぶりたるや凄かったらしい。
この話を聞いたすぐはゲラゲラ笑ってしまったのだが、
「そうじゃなかった」ことを研究するのは、
学問を前に進める上でとても大切なことだ。
そんなわけで、
僕の中で一瞬、人類の祖先から
タダの珍味に格下げされたホヤだったが
いまでは「生物学に貢献したボチボチすごいやつ」
としてうっすらとだけ尊敬している。
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