ある職人の悲哀。
6年前くらいでしょうか。どういった流れかは忘れましたが、その日僕は、同期でTCC会員の秋田勇人、同じく後輩の佐藤舞葉と三人で新宿のゴールデン街におりました。なにせ200軒以上の飲み屋がところせましと並ぶ飲食店街ですから、どの場所にあったかは忘れてしまったのですが、二階だったのははっきりしています。とにかく私たちは3、4坪ほどしかない、その一軒の飲み屋に「ええい、ままよ!」と入ったのです。
そこは、いかにもゴールデン街、という感じの個性をごり押しするような店でありまして、邪悪な保健室、とでもいうのでしょうか。そういう耽美的というか、今風に言えば、エスエムの趣向を凝らした店でした。
私たちは奥の窓際の席に通されました。窓際、といっても確か、赤いセロファンだか、白いクロスだか、店内の演出のために掲げられたなにがしかによって外は見通せませんでした。息苦しかったので覚えているのでしょう。店探しに疲れた私たちが、注文を終え、人心地ついていると、50格好の男が話しかけてきました。これぞ、ゴールデン街。店の狭小さにものを言わせ、たまたま居合わせた人が語らい、飲む。身を寄せ合う。そこに、ゴールデン街の醍醐味があるわけです。さて、その男性を青眼で迎え、話が盛り上がってくると、当然職業の話になります。聞けば、その男性、三十年来、成人漫画(いわゆる、エロ・漫画)を妻と連名で描き続けているといいます。
「ブックオフとかに行けばたくさん僕の本もあるよ」
ブックオフというのが若干世知辛いものですが、その男性、否、まるだっしゅ先生は自慢げにそう言いました。自慢げでしたが、嫌味な感じはありません。自分の職業に後ろ暗いものはまるでないように感じました。確かに、妻も公認、30年も協業までしているのであれば、特にその夫婦仲は円満そのものなのではないでしょうか。
「じゃあ、奥さんとも仲いいんですね。」
そんなことをふと聞くと、先生は照れ臭そうに、こう言いました。
「いやぁ、妻とはセックス・レスでね。」
別にそっちの方を聞いたつもりは毛頭ないのですが、まぁ、お若くはなさそうなので、それも無理もないこと。しかし、先生はこう続けます。
「僕はね、これだけ長い事エロ漫画を描いていると一体、エロがなんなのかわからなくなっちゃって。EDになっちゃった。」
なんと哲学的なことでしょうか。エロ漫画家でありながら、エロが何かをわからなくなってしまう。一つの道を求め続けた男の行き着く境地がここにあります。知れば知るほどわからなくなる、ということはどんな職業でもありますが、実際体までがそれによって変化しています。ある意味、尻のデカいピッチャー、ラグビー選手のギョウザ耳と同じです。悲しいな、とも思いましたが、一つの仕事に向き合い続けている職人の姿を僕たちはそこに感じたものです。
最近ふと、その時、6年もまえですが、のことを思い出し、先生のお名前をウィキぺディアで検索してみました。先生、今年10月に肺炎にて逝去されたとのこと。まるだっしゅ先生のご冥福をお祈りいたします。
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