まずは自己紹介から
安田有美香
みなさん、こんばんは、というかはじめましてです。
先週の担当、尾崎ザキオとは8年間同じ職場で働いていた、ヤスダと申します。
今年、念願の新人賞受賞。毎年1万円、総額7万円ほど費やして、やっとTCCの会員になれた!いぇい。
なんというか、どちらかというとヒョウヒョウとしているタイプなので、ザキオのように「熱い語り」はできませんが。そして、8年「名古屋の求人広告界」でやってきた者なので、「泥臭い」話しかできませんが、まぁ1週間よろしくお願いします。
先も長いので、今日のところは、自己紹介も兼ねて
「ヤスダユミカ、コピーライターへの道」を書こうかな。
わたしは、法学部の出身です。だから、コピーライターなんかなる気はありませんでした。ちょっと司法書士などをめざしてみようかと思いましたが、勉強が好きじゃないので、やめました。
リクルートに入りました。当時の彼が、就職活動にいっていて「それはそれはいい会社だ」と、わたしを洗脳しましたので。熱烈アプローチをかけました。
(ちなみに彼は、違う会社にいきました)
営業をやりたくなかった。飛び込み営業なんて、いやでしょう。というわけで、「どうしても『制作』がやりたいのです」とアピールしました。心の中では、「制作ってなにやるんだろ・・・」と思っていましたが。
だから、ほんとにコピーライターなんてなる気がなかった。
きっかけなんて、こんなものです。
ところが。当時のリクルートは、「クリエイティブ至上主義。スパルタ教育」でした。ヒゲのチーフが、「キャッチを100案出せ」といい、わたしの原稿用紙を次々に破っていきました。油断をすると、眼光鋭い先輩が、わたしの背後に立ってワープロの画面に打たれたキャッチを大きな声で読み上げるのです。「えらいとこに入ったなぁ・・・」と後悔したものでした。
ほんとうにコピーライターになりたいと思ったのは、「快感」を知ってからでした。当時の「社内広告コンクール」にわたしの作品が入賞したのです。「おもしろいキャッチだなぁ」「ヤスダはエッチだな」・・・その広告を見て、社内の人がいろんな反応をしてくれる。そして、BING(転職雑誌です。わたしはその中にのる求人広告をつくっていました)を見ていた読者も、その広告を見て、心を動かされて、その広告主である会社に応募することになる。すごいコミュニケーションツールだと思ったのです。快感でした。
ちなみに、その広告はちっちゃな5センチ四方のもので、
キャッチは
「昼下がりに、団地妻が」でした。
その後は、もう夢中でした。そのうち、リクルートの小さな求人広告でTCC新人賞をとった人が現れて、びっくりしたものです。まるで、一緒に草野球をやっていた仲間が、ドラフト1位でプロ野球いっちゃったみたいな。
毎年、TCCに応募し続けました。去年は、某有名コピーライターの人に作品を見ていただく機会があってね、「これは、ぜったい新人賞とれますよ」といってもらったんです。今、思えば、ほんとにその方はいい人で、わたしを励まそうと思っていってくださったと思うのですが。結果は×。もうやめようかなって初めて思いました。
そして、去年、独立。
で、今年、ほんとにノドから手がでるほど欲しかった新人賞、いただきました。
でもね、いま苦しいです。
あんなにうれしかった新人賞ですけれど、とってわかりました。
「とってからが勝負」なんですよね。
だからね、いまもコピーライターやTCCをめざしてがんばっている人がたくさんいると思いますけど。
いまやってることは、決してムダにはなりませんから。
むしろ、どれだけ「力を蓄える力」があるかどうかが、
選手生命のカギだと思います。あ〜苦しい。
な〜んて、エラそうなことをいいましたが、(というか、収集がつかない)
明日は、「無名コピーライターの日常生活」をお送りします。
おやすみなさい。
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