リレーコラムについて

しじみ売りと娘

中村直史

「しじみ売り」という落語があります。
何人かの落語家さんで聴いたことがあるんですが、
桂文我さんという方の話が印象に残っています。

「しじみ売り」は貧しい家のこどもが真冬の寒い中、
川でしじみをとり、それをとある家に売りに行くという話です。
たまたま入ったその家は、任侠の親分の家なんですが、
玄関を入ったとこには若い衆がいて、こどもを無下に追い払います。
こどもに怒鳴り散らす声を聞きつけた親分が奥から出てくると
若い衆をたしなめ、そしてこどもを助けます。

ほかの落語家の「しじみ売り」では、
主人公のこどものけなげさに感情移入するのですが、
桂文我さんのときは、追い払うこの若い衆にさりげなく
スポットがあたっていて、つい感情移入してしまいます。
そいつは若くて気性が荒くてダメなやつなんです。
こぎたないこどもが来るとこじゃないとか泥棒野郎とか、
たしかそんな心ない言葉をこどもに言う。
ひどいんですけど、ただなぜかそこまで憎めないんです。
ひどさが、あまり人ごとに感じられないというか、
話を聞いている自分もそういうところがあると思える。
この若い男が、親分の対応を見ているうちに少しずつ態度を変えます。
相変わらずダメなやつなんですけど、こどもにやさしくなっていきます。
この変化がよくて、いちばん感動するはずのこどもの受け答えよりも
男にのめりこんでしまいます。
主人公じゃないダメな若い男がちょっとダメじゃなくなる。
というだけの変化なんですけどね。
なんかいいんですよ。

話は変わりますが僕には中3の娘がいます。
僕は単身赴任といいますか福岡と東京を行ったり来たりの生活をしながら
福岡でひとりで暮らしていて、
娘は九州の五島という島にいるのですが、
中2くらいから急に島を出たいと言い出しました。
島外の高校に行きたいと。
島の高校に行くものだと思っていたので少し驚きました。
それまであまり勉強していなかったので、
島の外の高校に受かるにはけっこう成績が上がらなければいけません。
ビリギャル的な変化が必要でした。
急にスイッチが入って勉強を始めたんですが要領がわるい。
たまに会って様子を見ていると
正直言って勉強のセンスがあるとは言えません。
勉強しても勉強しても都会の志望校に行ける成績にはぜんぜん届かない。
それでもめげないんですね。
センスのなさは変わらないけど、めげないので、
ほんのちょっとずつですが成績は上がります。
でも一気に上がらないのです。
ビリギャルのストーリーみたいにならない。
よく宿題の問題をラインで聞いてくるのですが、
同じ間違いをくりかえすし、じれったくて、
なんでわからないの?と心ないことを言ってしまうこともありました。
でもめげない。
(成績が上がらず学校のトイレで泣いていたという話を人づてに聞いたので、じつは時々めげていたのかもしれません。)
そんな娘の受験が昨日でした。

ぼくは娘が小さいころ小学校の授業で書いてきた習字を折りたたみ
長いこと自分の財布の中に入れっぱなしにしてたんですが、
受験の前にそれを財布から引っ張り出して渡しました。

今やボロボロの紙切れになったその習字は
ヘタクソな字で希望と書いてあります。
入試から帰ってきた娘は試験は難しかったと言いました。
でも、うまくいったところもあると言ってました。
その「うまくいったところもある」と言ってる感じが、
なんか良かったんですよね。

なにかが劇的に良くなることってそんなにないんじゃないかと思うんです。
良かったり悪かったりしながら
でも長い目で見たら良くなっている。
そのくらいじゃないかと思います。
そのくらいだけど、ダメなものがダメじゃなくなるために
日々みんなごにょごにょいろいろがんばってるんだろうなと思います。
娘を見ていると「しじみ売り」の若い衆のことを思い出します。

出遅れてしまいましたが、
上田浩和くんからバトンを受け取った中村直史です。
よろしくおねがいします。

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