10年の間に – 2
戦略とかできるんですか?コピーライターって。
この間、外資系の先方が聞いていますと言われた。素で。
そのぐらいコピーライターのイメージは
「映画とかのポスターに1行書く人」「言葉をいじくる・言葉遊びの人」
「日本語だし、なんだか自分でできそうな仕事・・」
で止まっていることも多い。
古巣の博報堂もそうであるが、大手広告代理店は、
基本的にはCMをうつクライアントしか相手にしていない。
というかそうでなければ効率が悪い。
数人・数十人ではなく数千人規模に膨れた社員を
それなりの高収入で食べさせることを考えれば、
基幹となるビジネスはメディアしかないからだ。
結果、大部分のコピーとはサービスであったし、
根本的に知的財産を売りの商売としてこなかった。
そもそもが黒子の存在でもあるし、
世の中の多くの人のイメージが構築されていないのは、
当たり前といえば当たり前なのだけれど。
言葉・コピーはビジネス・人間間のコミュニケーションにおいて、
本当に重要なキーファクターなのにも関わらず。
10年の間に生まれたのが「ソーシャル」という存在だ。
誰でも言葉や写真で表現できるメディアを持った。
限られた字数の中で眺める「うまいこといった!座布団一枚!」として
コピーはちょうど良かったのかもしれない。
大きく間違ったイメージとともに。
そして「コピーライター」は安易に名乗ることもできるようになった。
特に資格や実績がなくとも、
今すぐにでもプロフィール欄に「なれる」職業になった。
極めて就職倍率の高い広告代理店の、
その中で最も少ない席数のコピーライターという聖域は、
いつのまにか壊されていたのだ。
何が起きたか。
言葉は疑われ、言葉は溢れ、軽い言葉が大量に溢れた。
ソーシャルは今日も多くの表層を拡散する。大切な言葉と大きな誤解と一緒に。
が、はっきり言っておく。
コピーライターはシビアな仕事だ。
誰でも使える「言葉」だからこそ、
誰でも書ける言葉ばかり書く人間では価値がない。
必要とされない。書いてもいいだろうが、書いたら次は呼ばれない世界にいる。
コピーライターは、マーケティングの戦略を集約・言語化する仕事だ。
マーケターでありコンセプターでもあるのが、本当のコピーライターだ。
言葉の中には、戦略があり、未来を必ず含んでいる。
複雑に絡みあう事情の中で、心とビジネスを動かす言葉を書けなければ、
プレゼンのテーブルにも、プレゼンの相手にも、その先の生活者にも届かない。
ネットの「コンテンツ」として
駄洒落やパロディーは一瞬持て囃されるだろうが、
それ=コピー、それしか書けないような人=本物のコピーライター、ではない。
ニヤニヤ浮ついた言葉遊びの中ではなく、
厳しいビジネス・現場のど真ん中にいるのが、コピーライターなのだ。
と、御託を並べるにも限界がある。
「プロに頼んでよかった。ありがとう」「プロがいて助かった。ありがとう」
ひとつひとつ、目の前の相手に感謝される仕事をすること。
ビジネスを好転させること。
価値を感じてもらえる働きをすること。
プロを名乗るすべてのコピーライターが戦い、
しなければいけないことだと思っている。
AIの前に、ソーシャルが存在を問うている。(事実ソーシャルからもコピーは生まれている)
こんなことを思うような自分に、10年経ったらなっていた。
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