リレーコラムについて

ダリよりも早く、消えていく広告。

熊谷卓彦

チュッパチャップスのロゴは、ダリがつくったそうですね。
今の日本で言えば、養命酒の箱を草間彌生さんがデザインするような感じでしょうか。
人気の芸術家と小さな消費材のコラボレーションは、
お互いをとても新鮮でかっこよくみせたのだと想像します。

…などと語っていますが、ダリの人生を知らず。
頓珍漢なことを書いていたらいやだなあと思います。
こんなことなら『僕はダリ(芸術家たちの素顔)』(著・キャサリン・イングラム  翻訳・小俣鐘子 監訳・岩崎亜矢)をしっかり読んでおけばよかった。
せっかく勧められていたのに。
本はできるだけ手元に置いておかなければならないですね。

とはいえ、ダリが誰であろうとも、
TCC賞の審査会場にはたくさんの仕事が並びます。
もともと力のある広告が一同に集まる様子は絶景で、
自分のことは棚に上げて、広告制作者ってすごいなと思わされます。
そしてこの競争で勝ち抜いていくことの大変さも。

でも、夏草や兵どもが夢の跡。
審査が終わると、作品はすべて片付けられます。
この会場で何が行われていたか、明日くる人は想像もできません。
会場から、だけでしょうか。
記憶からは、どうでしょうか。
少なくとも自分には、宝の山のほとんどを覚えることができていません。
とても心は動かされたはずなのに。
記憶が追いつかなくても、アートや本は美術館や図書館が残してくれます。
ところが広告は、ともすれば存在自体が忘れ去られていく。

広告は消費されることが目的であるので、
残らずに消えていくことは本望なのかもしれません。
とてもたくさん作られているので、
全部残すことなどできないのかもしれません。

だけどです。
制作者はもちろん、営業担当や宣伝部員、商品開発スタッフや役員などたくさんの人の思いと
たくさんの調整を経てようやく世に出た、
見た人の心を確実に動かすような表現を残さないでおくのも、
情熱への冒涜だと思うのです。

天才のダリがえいえいっと描いたものよりも
人類の努力の結晶としては残す価値は高い、と考えたとして、
ダリも怒らないように思うのです。

養命酒は400年の歴史がある素晴らしい製品ですが、
主体者がきっちりと語っていかなければ歴史は残らないことも教えてくれました。

web上でたくさんの広告を見つけられるようになったのはとてもありがたいことですが、
誰かがアップしてくれないと始まりません。
養命酒の広告も、見つかるのはほんのわずかです。

年鑑に掲載された広告は、確実に残ります。
焚書されることがない限り、制作に携わった人の名前とともに
広告の歴史の中に生き続けます。
そしていつか、手元に年鑑を置いてコピーを勉強している誰かの役に立つ。

では、どのコピーを残すのか。
TCC賞の審査はその審査でもあります。
だから審査は熱を帯びます。 

忘却の淵へ導く時間の流れに一瞬でも抗って、
時計をぐにゃりと曲げてでも瞬間を切り取るように。 

そんな審査の現場を見ているから、
竹田くんは松葉杖をついてでも撮影や打ち合わせに立ちあったのです。 
私の動揺は、杞憂でした。                   (つづく)

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