本当にあった話
公庄仁
CMの撮影直前になって、10代の女の子モデルが消えた。
「さっきまではいたんですが…」
「まーたあの娘がやらかしたの?」
「バカヤロー撮影どうすんだよ」
スタッフは皆、大騒ぎである。
なぜか私が探すことになった。
あらゆる場所をあたったが、
マネージャーの予想通り、彼女は大学のキャンパスにいた。
変装もせず、大勢の学生に混じって講義を受けていた。
長い髪と日本人離れした顔立ちが、
どういうわけかちっとも目立たず、
ふつうの女子大生のように見えた。
*
私は彼女の隣に座った。
逃げられないように、彼女の左手を掴んだ。
背が高いくせに、ずいぶん小さい手だと思った。
彼女は抵抗もせず諦めたようだった。
「すいぶん探した」
「ごめんなさい」
「俺に謝る必要はない。でも仕事だ」
「……私はただ、皆みたいに普通の大学生になりたかっ…」
「悪いけど、愚痴を聞くのも俺の役目じゃない」
彼女は今にも泣きそうであった。
奔放で、現場を困らせることで有名なモデル
という印象とは随分違った。
「せめて、この授業が終わるまでだけ…」
彼女は懇願した。
仕方なく私まで大学の講義を聞くハメになった。
教壇では文学部教授が「たけくらべ」の解説をしていた。
*
小さな頃から芸能活動で忙しく、
ろくに授業も受けられなかっただろう彼女と、
貧乏だったため中学校も通わずに働き始めた私。
偽物の大学生2人が体験する、
つかの間のキャンパスライフだった。
彼女に逃げる様子はなかったが、
私は手を握ったままだった。
*
終業の合図がなる前に、後ろから黒いスーツの男が現れた。
一見普通のビジネスマンだが、
ギラギラした金の時計をつけていた。
「学生ごっこは終わりだ。まだ仕事も契約も残っている。帰るぞ」
黒スーツの姿を確認した彼女は、もう観念したようだった。
私の手を離れ、連れ去られていく瞬間、
彼女は助けるような目でこちらを見た。
当然、私にはどうすることもできない。
私には私の役割があるのだ。
彼女のいなくなった教室で、
しばらく呆然として講義を聞き続けた。
「たけくらべ」はいずれ遊女になることを
運命づけられた少女の物語であると知った。
この世は100年前から胸糞の悪い世界だと思った。
✳
数年後、新宿の大型ビジョンに彼女が映っていた。
メジャーなクライアントのCMに多数出演する、
超のつく売れっ子となっていた。
巨大なスクリーンに映し出される彼女の笑顔が本物かどうか、
私には判別がつかなかったが、
そうであって欲しいと心から願った。
名前を調べたら、“中条あやみ”という名前だった。
*
*
*
という夢を昨日見た。
夢の中の私は、私立探偵という設定であった。
ここ数年でもっとも恥ずかしい夢だった。
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サン・アド/POOL inc. 公庄仁
hitoshi_gujo@sun-ad.co.jp
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