「先に救急車を呼んでくれませんか」
公庄仁
世の中は今、ラフカディオ・ハーンブームであるが、
流行に流されやすい私も便乗して
数日前、『耳無し芳一』をちゃんと読んでみた。
純粋に面白い小説であるが、
ひとつ気になったのは、
住職のポジティブシンキングである。
*
ご存知の通り、芳一は、平家の亡霊に取り憑かれる。
異変に気づいた住職は、
『お前の身は今大変に危ういぞ!』
『お前はその人達に八つ裂きにされる』
『いずれにしても早晩、お前は殺される…』
とさんざん芳一を脅かす。
しかし、
『…ところで、今夜私は
お前と一緒にいるわけにいかぬ。
私はまた一つ法会をするように呼ばれている。』
と、
呑気に集会を優先するあたりから
私はこの住職に不信感を抱き始めていた。
余談だがこのあたり、
打ち合わせに途中から入ってきて
「明日のプレゼン、こんな企画じゃ絶対負けるぞ」
と散々こき下ろしておきながら、
「……俺は今日の夜、会食があるから」
と言って消えてしまう、
広告業界の偉い人に通じるものがある。
*
話を戻す。
その後、有名な「耳にお経を書き忘れる」
というケアレスミスで、
両耳を引きちぎられるも、芳一は根性で耐える。
ちなみに、ちゃんと読んでみて気づいたのだが
お経を書き忘れた理由は、
「他の僧侶に任せたから」であった。
この辺の責任感にも私は苦言を呈したい。
さすがに住職も罪悪感を抱いたのか、
『それを確かめておかなかったのは、
じゅうじゅう私が悪るかった!』
と一度は謝罪するも、
『……いや、どうもそれはもう致し方のない事だ』
『――出来るだけ早く、その傷を治すより仕方がない……』
と速攻で片付け、
『芳一、まア喜べ!――危険は今まったく済んだ』
と、
まさにいま両耳を引きちぎられ、
大量出血している人間の横で、
勝手に一件落着させる始末である。
なんだか自分の責任を指摘される前に
事件を穏便に済まそうとしているようにも見える。
「いや…でもさ、ほらっ。
良かったじゃん、そんぐらいで済んで。
俺、平家にもっと酷いことされた人、いっぱい見てきたよ。
お前なんてまだラッキーな方だって。
あ、このあと飲みにでも行く?
今日は俺おごるわ」
かなんか言ってそうである。
調子のいい坊主め。
とまあ、こんなありがちな突っ込みでしか
感想が書けないほど、単純に面白い小説だと思った。
本当に。
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