西村佳也さんといた夏。その1
ミシュラン・ナイト
タクシーはもう走り始めていた。
いや待てよ、目的地も言ってないのにどこへ行くんだ。
おいタクシー。
しかしあの時は走り始めていたのだから仕方ない。
俺のコピーライターの師匠、Nさんが言った。
「春樹。今日はお前の食べたいもの食べさせてやるよ」
突然の振りだった。「食べたいもの?」
ギュルルルル、ギュルルルルーン。タクシーの車輪は回る。
目的地も決まらないまま、おい!どこへ行くんだタクシー。
俺が答えなければ、延々とこの車は走り続ける。
メーターだってどんどん上がる。安くはないんだ東京は。
いま答えなくては、タクシーはこの世の果てまで行ってしまう。
もう地球に残されている時間は少ない。
焦りながらも人類の未来のために一番食べたいものを考えた。
Nさんはシートに身体を預けて答えを待っている。
今夜は、日本酒で寿司か、はたまたワインでイタリアンか、
それともあの中華だろうか。
美味しいものを知り尽くしたNさんの
今夜の食のイメージは無限に広がる。
早く、早く、答えろよこのヤロー!
ギュルルルルー、ギュルルルルー。
タクシーのタイヤまでもが俺をせかせる。
ギュルルルルー、ギュルルルルー。
俺がいまこの世で一番食べたいもの。
ギュルルルルー、ギュルンギギギギギーン。
行くあてのないタクシーの車輪は、泣きたくなるほどよく回る。
いま答えなければ確実に人類は滅亡してしまうのだ。
ギュルルルルー、ギュルルルル、ギュギュイーン。ワオーン。
そんなに俺をせめるなよ、タイヤの馬鹿。
俺にとっての最高の御馳走。
ギュルルルルー。キャイーン。うるさいんだよタイヤ!
俺にとっての食の極み。追いつめられた俺の食いたいもの。
それは、それは、それは。
それはを3回も言いつつ、明日に続くのでした。
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