リレーコラムについて

西村佳也さんといた夏。その2

斎藤春樹

フリスビー・ドッグ

ギュルルルル、ギュルルルルー。
今回もタクシーは走り続けているのだった。
ギュルル、ギュルルルルー。
すきやばし次郎のにぎり。
ギュルルル、ギュルルルルー。
ジョエル・ロブションのモダンフレンチ。
ギュルル、ギュルルルー。
メゾン・ド・ユーロンの中華。
好きなものを食べさせてくれると言ったNさんは、
俺の答えを待っている。
遠くを見つめるドン・コルレオーネのように。
カーラジオからはシャネルズの歌が流れてる。
♪〜ラアんナウェー とおっても好きさ〜
♪〜ランナウッエーイ
鈴木雅之の歌声に世間が油断したその刹那、
自信と希望に満ちた声で俺は言ったのだ。
「かつ丼!です」
ギュル?
運転手の心の動揺がアクセルに伝わった。
車輪の軋みが、そりゃないよと、言っていた。
Nさんの頭の中だけじゃなかった。
世界中の頭の中が真っ白になった。
「かつ丼?.....かつ丼で酒はつらいなあ」
G1レースで100万ぶっ込んだ本命が、
第一コーナーでいきなり落馬した時のような顔だった。
いまでもそうだがあの頃の俺は、
美味しいものなんて知らなかった。満腹こそが御馳走だった。
山盛りの白米のごはん茶碗を手に未来を見つめる、
ただの若者だったのだ。
「今夜は私が決めるよ」Nさんが言った。
ギュル!ルルル!
うるさかったあのタイヤも少し安心したようだった。
「ベルコモンズの交差点まで」
目的地を告げられたタクシーは、
フリスビーのディスクを追いかける犬のように、
ハヒハヒ言いながら夜の東京を行くのだった。
そのタクシーのしっぽを追いかけながら、
お話もハヒハヒ言いながら明日に向かうのだった。

NO
年月日
名前
5805 2024.11.22 中川英明 エキセントリック師匠
5804 2024.11.21 中川英明 いいんですか、やなせ先生
5803 2024.11.20 中川英明 わたしのオムツを替えないで
5802 2024.11.19 中川英明 ドンセンパンチの破壊力
5801 2024.11.18 中川英明 育児フォリ・ア・ドゥ
  • 年  月から   年  月まで