西村佳也さんといた夏。その4

フォーエバー・ビートルズ

持っていないロレックス コスモグラフ デイトナの針が、
カチッカチッと時を刻む。
カチの後に小さい「ッ」が入る。
ここが大事だ。本物は秒針の音から違う。
ガラスケースの寿司ネタが、
おい、いつまで待たせるんだよと言う。
田舎者を見る東京育ちのあの視線だ。
横浜中区生まれが、
港北区や青葉区や都筑区の奴らを見る時のあの目だ。
寿司ネタごときからこんなに馬鹿にされるなんて。
ギュルギュル言ってたタイヤの方がましだった。
そんなことより、問題は名前だ。
腹一杯食べたいけど、寿司ネタの名前が分からない。
海の無い山梨の生まれなんです。
ほうとうと信玄餅の山梨なんです。
青山の寿司屋のカウンターなんかに座れる身分じゃないんです。
あの時、素直にそう言ってしまえば良かった。
丘の上の教会で懺悔する少女のように。
そうしたらビートルズだって解散なんかしなかっただろう。
南沙織だって篠山紀信なんて野郎と結婚しなかったはずだ。
宮沢りえとか、キョンキョンとか、
残念なことはまだまだいろいろあるけどここではやめとく。
「どうした？頼みな」Nさんが言う。
来た！来ちまったよ！意地悪な寿司ネタたちが望んでる台詞だ。
正直なところネタの名前は4つぐらいしか知らない。
でもせっかくのお寿司じゃないですかあ、
腹いっぱい食べたいじゃないですかあ。
だからと言っていきなり
よっ！大将！マグロとイカ10貫ずつ、とか、
ウニを握りこぶし大のしゃりで2貫！
なんて言えない。
写真の王貞治、いやNさんに不思議がられてしまう。
さっきのタクシーの運転主だってきっと笑うはずだ。
もちろんタイヤだって笑うに決まってる。
みんなに不思議がられるくらいなら、二階から目薬。
あ、例えが違うか。
さ、どぎゃんすっと？いきなりの熊本弁。
どうするずら？
同郷のコピーライター、ナベチカこと渡邊千佳が、
富士吉田弁で俺を追いつめる。
ドウスルンデスカ？
あのサイモンとガーファンクルまでもが、
ヘタクソな日本語で俺を追いつめる。
さあどうするんだ春樹！さあどうするんだ俺！
追いつめられたその若者は、ぽつりと言った。
「ちらし」　　
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「ちらし?・・か」Nさんが言った。
G1レースで100万ぶっ込んだ本命が、
第一コーナーでいきなり落馬した時のような顔だった。
二度目だけどね。