リレーコラムについて

リスボンの侍

黒澤晃

こんにちは、黒澤です。

今週、何の話をしようと、考えて、自分が詳しい話をしよう、つまり、自分の趣味をテーマにしようと。
そんなわけで、本日は、将棋の話です。

歌舞伎町のどまんなか。そこに、<リスボン>という幻の店がありました。
雑居ビルの3階まで、ユラユラと登ってゆき、たてつけの悪い障子型のとびらを無理やり、ガラガラあけると、4,5人がやっと座れるほどのカウンターがあり、マスターの小滝さんがいました。その奥には、2畳ほどの座敷があり、六寸の将棋盤が4つほど置かれています。
ゆったり、リッチ、おしゃれ、ナウい、そういう価値観を180度、ひっくり返すと
、こんなふうになる、そんな店のただずまいでした。
ここには、将棋が好きな人間が、夜な夜な、集合してきていました。まるで、地上で暮らしていた地底人が、故郷の地底に集まってくるよう、にです。いろんな職業の人がいました。
司法試験を目指して10年、いまだ毎年、受験しつつ、あいつは、将棋ぐらい勉強すれば受かるのにと言われていたKくん。
大手新聞社で、文化芸能欄を担当しつつ、いつのまにか結婚できずに40近くになったOさん。
沖縄から、奥さんを捨てて、将棋の勉強のために、東京に出てきたOKさん。
囲碁の超一流プロでありながら、将棋が好きで、しかも、酔っ払うと筋が極端に乱れるKMさん。
真剣師、いわゆる、住所不定無職の、賭け将棋で非合法に生計を立ててるTさん。
ドイツからやってきて、いつのまにか、将棋のとりこになったUさん。
そして、僕の部下だった、破滅型コピーライターのTくん。
などなど。
それは、それは、個性が洋服を着ているような人たちが、何の連絡もなく、しかし、確実に、ある時間帯になると、涌き出るように、集まってくるのでした。
マスターの小滝さんは、将棋が鬼のように、本当に、鬼のように強くって、昔、奨励会というプロの養成機関にいた豪腕で、料理をつくりながら、酒をつくりながら、カウンターをはさみながら、一局やるのですが、いちおう、アマ3段の私が、目に指をいれられるような強引さで負かされ続けるのでした。
奥の座敷では、時折、賭け将棋のトラブルで、怒号が飛びかいながら、しかし、また、次ぎの勝負に忘我していました。要は、みんな、意地っ張りで、自分を大きく見せたくて、一生懸命で、子供のようで、嘘のつけない人が、いたような気がします。
終電が過ぎて、次ぎの日のプレゼンが早いような時には、小滝マスターに、座敷でゴロッと、泊まっていってもいい?、と聞くと、いいですよ、店の鍵、渡しておくから、と言われたりもしました。

そのリスボンも、7,8年前に、店じまいしました。
やっぱり、風俗とか、カラオケとか、そういう店じゃないと、もうからないんですよ、家賃も高いし。そんな風に、商売2の次ぎの小滝マスターが言っていたのを、思い出します。

サラリーマンをしながら、ぐちゃぐちゃに仕事をしながら、考えるのは、いつのまにか、自分の人生が狭くなっては、いないか、ということ。ふと、視点をづらすと、そこには、さまざまなフィールド・オブ・ドリームズを生きている人たちがいて、笑ったり、泣いたりしている。そんなことを知ることができたのも、リスボンのおかげだと、振り返ります。

あの時の<侍>たちは、今、どこにいて、どんなふうにしているのでしょう。
きっと、今日も、小さな将棋盤に、小さなロマンを、見ているのかもしれません。

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